4. 遺伝子操作

pp. 37-80 in 遺伝子工学の日本における受けとめ方とその国際比較,ダリル・メイサー (Eubios Ethics Institute, 1992).

Copyright 1992, Darryl R. J. Macer.

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4.1.遺伝子操作に関する知識

 ここでは問5、問7よりもさらに具体的な質問をしました。「遺伝子工学」という広義の用語に含まれる技術に対する懸念よりもむしろ、人間、動物、植物、微生物の4種の生物の遺伝子操作に対する意見を調べました(問7)。 質問はCouchman & Fink-Jensen (1990)のものを用い、さらになぜ許されるのか、利益や危険性があると思うかを自由に答えてもらいました。質問は以下の通りです:

問7.
問7a. 次の事柄について、どの程度聞いたり、読んだりしたことがありますか。次の中から選んでください。
1 聞いたことがない
2 そういう言葉は聞いたことがある
3 聞いたことがあり、内容もいくらか理解している。
ヒトの細胞の遺伝子を操作する  植物の遺伝子を操作する
微生物の遺伝子を操作する 動物の遺伝子を操作する
すべての分野についてさらに次の問いに答えてください。
問7b. これらのうち、あなたが使っても良いと思う生物学的方法はどれですか。
1 使っても良い
2 使ってはいけない (使っていけないとすれば理由は何ですか。理由を( )内に書いてください。)

問7c. これらの生物学的方法は、日本に利益をもたらすと思いますか。
1 利益をもたらさない
2 利益をもたらす(利益をもたらすとすれば、どのような利益をもたらすと思いますか。)

問7d. これらの生物学的方法は日本において危険をもたらすと思いますか。
1 危険がない
2 危険がある(危険があるとすれば、どのような危険があると考えますか。)

向上している遺伝子操作に関する認識 

 問7a は人間の細胞、微生物、動植物における遺伝子操作の技術に関する認識度について聞きました。結果は表4-1にまとめてあります。もっとも良く知られているものは植物の遺伝子操作で、一般市民の45%が内容もいくらか理解していると答え、聞いたことがないとした人はわずか8%でした。意外なことに、10年にも及んで微生物を使った組換えDNAによる生産が行なわれているもかかわらず、微生物の遺伝子操作が一番知られていませんが、それでも33%の人が理解できるとし、聞いたことがない人は21%でした。遺伝子操作についての認識度(問7a)は科学への関心(問1)そして遺伝子工学についての認識度(問5c)と関連していました。

 ここに示された認識レベルは、過去の日本の調査よりも高く、一般市民の遺伝子操作に対する理解が向上していることを示しています。これは第3章で「バイオテクノロジー」と「遺伝子工学」と言う言葉に関して取り上げました。遺伝子操作について何も聞いたことがないという人は一般市民の回答者の8%たらずで、これはニュージーランドの25〜30% (Couchman & Fink-Jensen 1990)と比較して非常に高い認識度です。しかしニュージーランドの数値は日本よりも回答率の高いインタビューによるもので、おそらく日本の回答しなかった人の中には、何もわからなかったので回答しなかった人もいたでしょうから、本当の認識度はいくらか低いかも知れません。

 高校の生物の教師は微生物の遺伝子操作について最も良く知っており、83%が理解できるとし、彼らがその次によく知っているのは植物の遺伝子操作でした。これらのテクニックについて聞いたことがない教師はわずか3.5%ですが、動物と人間の遺伝子操作に関しては理解が落ちています。科学者の理解度は教師と非常に似かよっていますが、学術関係者全体ではやや落ちます。学生は中間でした。ニュージランドの教師、科学者の問7a に対する反応は、人間と動物における遺伝子工学の認識度が低いことを示しています。この相違は、1990年半ばに比較して1991年半ばには人間の遺伝子治療がより盛んになったことによってその知名度が上がったことも一因でしょうが、それで全て説明することはできないでしょう。


 

表4-1:遺伝子操作の認識度 (%)
小さい数字はニュージーランド(Couchman & Fink-Jensen 1990)の調査結果。但し、教師と科学者は「聞いたことがある」又は「聞いたことがない」の二つから選択。

4.2.遺伝子操作の許容度

 どんな科学的進歩についても同じことですが、遺伝子操作について認識していることと、それを受け入れることは違います。問7bの回答から、どのグループでも遺伝子操作の許容度が対象となる生命体によってはっきりと異なることが見て取れます(表4-2参照)。植物と微生物の遺伝子操作は全グループが明確に支持しています。動物の遺伝子操作の支持はやや低くなりますが、それでも大多数のグループは容認できると考えています。しかし人間の細胞(これはしばしば人間そのものと解釈されます)の遺伝子操作は受け入れられないと、一般市民は考えています。その他のグループもこの問題に関しては同じくらい賛否がわかれ、肯定が過半数に達したのは科学者だけでした。

 日本でもニュージーランドでも植物の遺伝子操作の許容度が最も高く、図4-1に示す通りです。続いて微生物、動物、人間の順で遺伝子操作の許容度が低くなります。両国とも教師と科学者のサンプルのおよそ半数が、人間の遺伝子操作(人間の細胞)は容認できると考えています。これらの許容度の順序は1986年にアメリカで得られたデータ(OTA 1987)と同じですが、その調査では回答者に許容度を1点から10点の点数で表すよう求めたため、許容度自体の比較はできません。またアメリカの許容度の値も1986年以来多分変わったでしょう。

 受け入れられない理由は表4-3に示してあります。おそらく本調査の最も興味深い部分でしょう。ニュージーランド同様、生物によって理由は異なります。理由の分析には、コメントをいくつかのカテゴリーに分ける方法を取り、全部で38のカテゴリーをコンピューターのデータ分析に使いました。コメントは様々でしたが、全般的にはいくつかのカテゴリーに容易に分けることができました。ばらつきを小さくするため、全コメントのコンピューターカテゴリーへの振り分けは一人で短期間の内に行ないました。コメントで述べられた理由一つに対して、対応するカテゴリーに1点を加えました。コメント1件に対し、最高で3つの理由が述べられていましたが、通常は1つまたは2つです。また表4-3にあるように、何もコメントを書かなかった回答者もかなりの割


表4-2:各生物の遺伝子操作の許容度

図4-1:日本とニュージーランドにおける遺伝子操作の許容度の比較

ニュージーランドはCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。


合にのぼりました。大学生と高校の生物の教師の方が科学者、学術関係者、一般市民よりもコメントをよく書いています。おもしろいことに、科学者よりも一般市民の方がコメントを書いています。表4-3では、多くの人に共通するコメントはそれだけで独立した1つのカテゴリーに、そうでないものは似たようなものと一緒にして、全部で14のカテゴリーを作ってあります。

 コメントがどんなものだったかをわかっていただくために各カテゴリーの典型的なものをいくつか以下に挙げます。(教=高校の生物の教師、学=学識関係者、それ以外は一般市民からのコメントです。またコメントで取り上げられている生命体別に、人 = 人間の細胞、植 = 植物、微 = 微生物、動 = 動物、と記してあります。)

倫理的に良くない
「人道的とは思わない。」動
「動物を人間の為に利用するというイメージがあるからです。」動
「倫理的問題は当然として、社会一般に与える影響が大き過ぎる(特に法律問題)。」人
「人間のエゴで動物の遺伝子をいじるのはよくない。」動
「動物にとって迷惑。」動
「倫理的に正しいのかどうか、またそれを誰が判断するのか。また時代によって文化、政治によって左右される道徳基準にどう対応するか(majority が必ずしも正とは限らない)。その結果、予期せざる方向に研究が進んだ場合どう対処するのか。等々。」人植微動
「動物も生命を持ってこの世に存在しているので、できれば使ってはいけないと思います。」動
「倫理的なコンセンサスがない。」人
「遺伝病等の解決につながるだろうが、人間は神の手を持つことになり、倫理上の問題解決が先だと思う。」人、教
「生命の尊厳に対する倫理的な考え方がまだ確立されていないから、あるいは、確立され得ない質の問題であるから。」人動、学
「倫理規程等を明確にすること。」人微動、学
「倫理面の検討が全く欠けている。」人動、学
「倫理的な面での議論が充分なされてから。」人、学
「生命の倫理に反する。」人、学

未知なる分野や結果への恐れ
「時期尚早である。動物で充分に研究を積んでから行なった方が良い。」人
「人間にその操作がいい結果をもたらすかどうかは疑問です。」人
「予測できない事が起こりそうである。」人
「まだ未知で失敗がこわい。」人
「基礎研究および、危険性の有無の確証を得られない。」人
「予想を越える問題の発生。」人
「良く内容が分からないが、とんでもない人また動物が生まれそうだから。」人
「人の遺伝子についてまだ解明されていないから。」人、学

神の役割、神への冒とく
「生あるものは神の創造物であり、技術が進んでも立ち入ってはいけない領域と思います。さらに、良かれと思って行為に走っても、必ず悪への導きはつきまとうものであり、やがては悔いるものと信じます。笑われるかも知れませんが、一技術者、科学者の立ち入るものではないと思います。」人植微動
「神への冒とくに値する。」人
「神のプログラムを操作するから。」人
「生命の尊厳を犯す恐れがある。」人
「知識または意思を持つ可能性がある生物に対して誕生以前にその能力(精神、運動)を規制することに反対。」人動
「自然体で良い。未来永劫を願っても地球の産物でしかない人間だから、科学が人を支配するという未来が来ないと断言できますか?」人
「人間は地球上の生物の一種にしか過ぎません。自然の持つサイクルを人工的に変え過ぎることは、地球の破滅に繋がると思っています。」人植微動
「人間を人間が勝手に変えてはいけない、神に対して冒とく。」人
「自然の理、天の道に反する。」人
「宗教的理由から。」
「生命の尊厳が失われる。」人、教
「創造主に対する冒とく。」人、学
「動物の進化は長い年月をかけて、その環境に適合するよう、自然淘汰されて現在にいたっている。人間は神と違って、完全な物でない、人の心の都合で操作できる遺伝子操作にはその目的が善であっても、その結果は善、悪、紙一重である。」人植微動、学
「人類への冒とく。」人、学
「神の領域である。」人、学
「人間と動物は異なる。」人、学

不自然、自然に干渉
「すべて自然のままが最良と思うから。」人植動
「利益となる面もあると思うが、自然に反する。」動
「科学が生物的進化の領域をおかして良いとは思えない。」人植微動
「地球上は全てにおいて自然が良いから。」人植微動
「自然のままの方が良い。人間の都合に合わせると何処かくるってくるように思う。」人植微動
「何が正であり誤であるかの判断が困難で、またそれを誰が行なうのかは永遠に決められないものだと思うから、自然の進化の速度を尊重すべき。」人微動
「遺伝子は生物それぞれの文化を背負っている存在。それらを操作することは、一面に役立つことがあってもしない方がいい。ヒトがムリに操作しなくても自然界の作用があり、ヒトの存在そのものがそれらに影響を与えている。」人植微動
「対象が人間であること。」人
「ヒトはあくまでも自然であってほしい。」人
「自然の摂理を冒とくせぬように。」人植微動
「性別の生み分け等、自然の摂理に逆らうことは行けない。」人
「自然の摂理に反する(但し遺伝病の場合には良いと思う)。」人、教
「自然であることが一番よいと思うから。」人植微動、教

漠然と、感覚的に
「使用するための理由が多くの人に理解されていない。」人
「不安がある。」(よくわからないため) 人
「害の方が心配です。」人
「何となく。」人植
「人と言われるだけで、人体実験のような気がして不安。」人
「植物なら、不毛の土地のため等の改良として許せるが動物をいじる必要まで今の状況ではないと思うから。」動

人間社会の変化
「画一的同種となり自然に逆らう。」人
「人類社会構成を破壊するから。」人
「ヒトは動物とは違い、人格があるため。」人
「プライバシー、人権の侵害の可能性。」人
「人間がロボット化する恐れがある。」人
「よく分からないが、人間でない人間ができそうで不安。」人
「人類の心が失われる。」人
「社会の混乱を招くから。」人
「人類の本質を歪めることが大きい。」人、学
「その技術が応用されて人間そのものの否定に使われるから。」植微動、学
「ヒトがヒトでなくなる可能性がある。」人、学
「人間の尊厳を失う恐れがある。」人、学

不十分な管理
「研究を行なっている人間の人格の問題。」人
「限度の設定が必要であるが、完全には守られないだろう。」人
「ヒトの分野はまだ国民のコンセンサスが得られていない。」人
「病気遺伝子操作だけにとどまらないと思う。」人
「バイオテクノロジーによる生物生産の面から賛成する。しかし、特に微生物の場合、相当に厳密な管理が必要です。」植微動、教
「人間生活に害を及ぼす新生物の出現を恐れる。利用するならば公的チェック機関が必要。」植微動、教
「社会的、宗、教的な面でのコンセンサスが日本では全くない。一般的な意識も低すぎる。人教管理が完全にできるかどうかが不安であるため。」微、教
「操作した微生物の管理が難しいから。」微、教
「誰が、どんな目的で、どのように操作するかが国民の合意により、厳しく明確に制度化されない限り危険。」人、学
「研究レベルでは制限つきで賛成ですが、実用レベルでは操作の結果について慎重な考察が必要と思います。」人微動、学

人々の健康への影響、新しい病気
「人間に悪影響を及ぼす生物になり、広範囲に広がる可能性があるため。」微
「人類を破滅させる病原菌が生まれる恐れあり。」微
「人体に及ぶ影響が大きい。」人、学
「食物として人体への影響が心配。」植、学

大きな事故や災害の恐れ、長期にわたる影響
「高等動物に対する遺伝子の開発はリスクが大きい。」同時に、宗教上の観点からも神への冒とくに値するのではないか。」動
「危険だからです。」人
「重大な事柄が起きる可能性がある。」人
「一歩間違えると破滅。」人
「自然に反する、予測のつかない悪影響があった場合取り返しがつかない。」人微動、学
「問7c(利益をもたらす)こと以上に問7d(危険がある)ことの可能性が大であるため、現在の「種」をこれ以上人為的に操作する必要はない。」人植微動、学

環境、生態系への影響
「自然界の秩序をかえてしまう。」人植微動
「生態系に及ぼす影響が不安。」人植微動
「人間の生態系に影響を及ぼすことがないか。」人
「人の生態系を今以上変えたくない。」人
「地球上の生態系がくずれると思うから。」動
「地球の存在が危うい。」植微動
「自然を破壊することになりかねない。」植微動
「自然の法則を科学で破壊するな。(科学には失敗が必ず伴う)。」
「自然のサイクルがくるう。」人植微動
「生態系のサイクルリズムが狂ってくるから。」動、学
「人間による自然の破壊である。特にヒト、微生物の場合、それが自然(人間社会も含めて)にどのような影響を与えるのか、具体的な実験ができない。」人植微動、学

生物兵器
「化学兵器への悪用。」微
「日本におては民主主義は未成熟であり、また憲法9条が改憲勢力によって葬られる危険のある昨今、生物兵器その他に利用される危険が大であるため。」植微動、教

悪用される危険性
「操作と人権が両立するという認識が得られていない。」人
「病気の治療はOK、他のこと、例えば体を大きくするとかいうことは不可。」人
「牛や家畜等のことはOK、自然の動物を操作することは不可。」動
「結果的に悪用されるおそれがある。」人動
「操作することによって、悪用されるかも知れない。」人
「よくわからないが、動物でないものができそうで不安。」動
「そのうち間違った利用法が出てくると思うから。」動
「医学的に問題のある遺伝子以外は自然のままが良い。」人
「宗教上の自分へのつきつめもなく、世の中の進み具合から見て、使うことにさほど抵抗はない。しかし現状の日本においては使う側に問題が非常に多いと思う。」人植微動
「悪用される可能性を否定できない。」人、学
「企業が行なうと悪い方向へ行く。」植微動、学

クローニング、優生保護
「男女の生み分けで偏らない保証がない。」人
「人間ができ過ぎても困る。」人
「良い遺伝子ばかりの結合は同じような人間ばかりになる。」人
「クローン(コピー)人間を製造する恐れがあるから。偽政者に利用される?」人
「ガン遺伝子の操作は可、劣性遺伝子と言うだけの理由では不可。」人
「差別思想を助長する恐れ。」人
「人間の慾意的選別。」人、学

奇形、突然変異、動植物の新しい病気
「モンスターが生まれる恐れがある。」動
「奇形の発生と次の世代への影響。」動
「万が一奇形児が生まれたり、異常が発生する恐れがあると思うから。」人
「不幸な運命の人が生まれてくる可能性有り。」人
「人および動物は進化の程度が高いので、人為的な操作により、奇形の生ずる率が高い。その場合に責任がとれない。」人動、学
「悪い影響が後世に残るから。」人、学
「異常を持って生まれた子供への責任は誰が取るのか。」人、学

 表4-3に示した問7bの回答と、後で表4-7に示す問7dの回答には類似性が見られます。表4-7ではいくつかのコメントは別のまとめ方をしてありますが、これは様々な考え方の多様性を紹介するためです。

 回答は様々でした。人間の細胞の遺伝子操作で最も一般的な回答は、「非倫理的」、「悪用の危険性」、「優生保護的」、「規制の不備」、また、「不自然」、「神への冒とく」、「未知への不安」等でした。「未知への不安」では回答者の多くは研究分野が未知であることより、結果が分からないことを心配しています。

 表4-3に示す通りニュージーランドの結果と大体同じで、これは図4-2に要約してあります。表4-3にあるニュージーランドの数字は、おおよその目安ですが、比較を行なってみることは有益なことです。ニュージーランドの数字が時々抜けているのは対応する数字がCouchman & Fink-Jensen (1990)の結果に与えられていないためです。多分カテゴリー名から明らかだと思いますが、ニュージーランドの調査では次のようなグループ分けになっています。「神への冒とく」と「不自然」はまとめて「不自然」に、「悪用の危険」と「バイオ戦争」は「悪用の危険」にひとまとめにしてあります。また、いくつかのコメントはその頻度はまちまち(5〜15%)ですが、表4-3のどのカテゴリーにも入れられていません。日本の調査ではこれらのコメントは一つ一つ区別して勘定しています。表に示したように日本のコメントを分類するカテゴリーを作るに際してニュージーランドの調査報告で用いられたカテゴリー全て用い、さらに日本のコメント用にいくつかカテゴリーを加えました。

 教師が人間の細胞の遺伝子操作を拒否する理由として最も多かったのは、非倫理的、もしくは倫理上問題があるというものでした。動物を使う場合、日本では倫理的問題への懸念は比較的低いレベルにあります。遺伝子操作は自然の営みに介入するもの、あるいは神への暴とくだとする回答もかなりの割合にのぼりました。こうした回答者は、技術の発展状況やその規制の有無にかかわらず、こういった技術は受け入れられないと考えるでしょう。多くの科学者はこのように考える人々を非合理的だとしますが、ニュージーランドと日本の科学者や教師こういった技術は受け入れられないとした人のうちにもこのような視点を持つ人が16%もいることは、注目に値します。日本で1985年12月に行なわれた世論調査(総理府広報室 1986a, N=7439)では、自然と人間との関係について4つの選択肢から選んでもらいました。「生物や自然の営みに従いつつ人間の役に立つよう利用する」と答えた人が51%、「人工的な手を加えることなく生物や自然の営みのままにまかせる」が29%、「人間が生物や自然をコントロールする」が18%、「わからない」が12%でした。本調査の結果はこれに大体沿っています。


表4-3:遺伝子操作拒否の理由
問7bで受け入れられないとした回答者数(人数は表に示す)の割合を%で表示。小さい数字はニュージーランド(Couchman & Fink-Jensen 1990)の調査結果。

図4-2: 遺伝子操作が受け入れられない理由
問7bで遺伝子操作は受け入れられないとした日本とニュージーランドの回答の理由を図で表示。分類について詳細は本文を参照。 


 大手バイオテクノロジー科学雑誌でも述べられているように(Dixon 1991b)、遺伝子操作の支持者は、これらの技術に関してどれほど知識が豊富でも、支持者から見ると非合理的な理由でその技術を拒否する人がいることを認めなければなりません。日本では、理解すればそれを受け入れるというふうに一般に考えられていますが、どこの国でも、この種の考えを持ち、テクノロジーを理解しながらも拒否する人は多勢いるのです。病気と戦うことは自然に反することですが、それでも私達は戦います。自然に立ち入ることを拒むにしても、人の気持ちにも限界はあります。これらの技術の支持者は、拒否する人々の考え方を変えようと相変らず躍起になるよりも、同僚の科学者でさえ持っているこうした考え方を逆に理解しようと努力すべきでしょう。

 遺伝子治療を受けるかどうかについて質問した問13と問14では(第7章参照)、多くの回答者が深刻な遺伝病の治療ならヒトの遺伝子操作を受け入れると答えています。問7は遺伝子操作に関する一般的な質問なので、具体的な内容の質問よりも否定的な回答が予想されていました。

 全般的に、全てのトピックスに関して全グループから挙がったコメントは、結果の性質や危険性(事故)が未知であるという点に関連していました。また規制の不備に対しても特に教師と科学者の間に不安がありました。安全で的確な規制が設定されれば、こうした理由で遺伝子操作を拒否している人も受け入れるようになるかも知れません。以下に示すように、このような規制次第という条件つきで受け入れると答えた回答者もいました。研究結果の危険性が容認できるレベルにあることを証明し、規制手続きを的確と考えられるようなものにするのは、研究者自身がしなければならないことなのです。バイオテクノロジーの規制は8.4.節で取り上げます。

 これらの技術の悪用を懸念した人もいますが、これもまた、利用者を明らかにすることで和らげることができるでしょう。人間への使用に関してもう一つ多かった反応は、優生保護とクローンの問題に対する不安でした。こうした不安は法律の導入によって和らげることができますが、乱用を禁じた法律のあるヨーロッパでも、優生保護の問題に対する不安は依然大きいことに注意すべきです(4.4.節参照)。

 受け入れられない理由に規制の不備を挙げる回答者がいた一方で、規制があれば受け入れられるとする人もいました。その数はかなりにのぼり、表4-4に示す通りです。規制に対し不安を持つ回答者の実数には規制が不備のため受け入れられないとした回答者の他にこの人達も含めなければなりません。何人かの回答者からコメントがありましたが、問7b〜dでは選択肢の両方についてその理由を尋ねるとよかったかも知れません。技術は容認できるとした人のうち、わざわざ条件を書き加えた人の割合がとても高かったのは、重要なことです。学生のコメントは少なく、通常多くの学生が求められれば理由を書く傾向にあることと対照的です。これは、特別な規制が必要と考えていないためか、それとも試験での決まりきった答え方に慣れているため、自分の意見を書き加えることには熱心でないのでしょうか。

コメントをいくつか挙げます:

「倫理的な生物学的方法の確立を条件とする。」人
「条件による。」人植微動
「知識が不足しているので良いともいけないともいえないが、遺伝子を意図的に操作された場合の不安。」人動
「良識ある人が携わるように厳しく管理すれば危険はないでしょう。」人植微動
「扱う動物によっては良い。」動
「やむを得ない、今後の生態上必要。」植微動
「良いと言っても場合によります。例えば遺伝病治療など。」人
「遺伝する病気を治すために必要だと思うが、何となく不安な気分が残る。」人
「ただし、体細胞に限定するなら。」人
「使っても良いが使用範囲や内容の規制が必要。」植微動、教
「但し副次的影響を充分検討する必要あり。」人植微動、学
「いわゆる分子病の治療に限る。寿命、能力を変えてはいけない。」人、教
「倫理的許容範囲内という条件が必要です。」人植微動、学
「但し、生殖細胞、胚を除く。」人、学
「生物の生態系を乱さない範囲であれば使ってよいと考えている。」人植微動、学
「厳しい規制が必要。」人、学
「但し、操作の結果、人がコントロールできないような事態が生じることが予想できる場合は使ってはいけない。」人植微動、学
「但し充分管理が必要。」人植微動、学
「但し、生態系をこわさないことが条件。」植微動、学
「厳重な第三者を含めた管理委員会のような組織の管理のもとに実施することが必要。」人植微動、学
「全て目的や方法がはっきりしていて、結果も含めて公開されることを条件とします。」人植微動、学
「使っても良いがそのための規則(または倫理、社会上の合意)が大切である。全ての科学技術、知識は反社会的、反倫理的、非人間的でないように使われるべきだと思う。」人植微動、学
「動物のタイプによる。」動、学
「倫理を確立することが先決、限られた分野のみとする。」人、学

表4-4:遺伝子操作の条件付き容認
遺伝子操作は容認できるが、制限が必要と答えた回答者の割合。問7bで容認できるとした回答者の割合を%で表示。


4.3. 遺伝子操作の利益に関する認識

 遺伝子操作の利益について質問した問7cの結果は表4-5に要約してあります。植物、微生物の遺伝子操作が最も利益をもたらすと考えられているのに対し、動物ではかなり低くなっていますが、依然教師と科学者の約70%以上が利益を見出しています。また人間の遺伝子操作ではさらにその割合は低くなりました。教師と科学者は一般市民、学生よりもこれらのテクニックに利益を見出しています。ニュージランド人の方が遺伝子操作による利益――とりわけ動植物――を認めています。この比較結果は図4-3にあります。

 質問には国家への利益という言葉も加えました。回答者の中には、この質問は国家の利益に限定されるべきではないとする人もいました(コメントの例を参照)。もちろんその通りで、事実この点に言及した人がいたことは、世界中の人々がテクノロジーの利益を共有すべきだとの関心を反映しているわけで、勇気づけられることです。この問題は第5章で取り上げますが、このような一般的な質問を世界全体のこととして答えるのは、人が考える以上に複雑なことなのです。

 さらに、どのような利益があると思うかを質問し、その回答は表4-6に要約してあります。理由の分析には、問7bと同じ方法でコメントを分類しました。コンピューターデータ分析には全部で37のカテゴリーを使用しました。様々なコメントがありましたが、だいたいは容易に各カテゴリーに振り分けることができました。コメントで述べられた区別できる理由一つ一つに対し、対応するカテゴリーに1点加えました。コメント一つに対し、最高で4つの理由が挙げられましたが、通常は1つか2つです。また表4-6にあるように、コメントを書かなかった人もかなりの割合にのぼりました。教師と学生の回答率が最も高かったのですが、拒否理由の場合と違い、科学者は一般市民よりも利益を多く挙げています。表4-6では、多くの人に共通するコメントはそれだけで独立した1つのカテゴリーに、そうでないものは似たようなものと一緒にして、全部で14のカテゴリーを作ってあります。

 どんなコメントがあったのか参考までに、各カテゴリーの典型的なものをいくつか以下に挙げます。(教=高校の生物の教師、学=学識関係者、それ以外は一般市民からのコメントです。またコメントで取り上げられている生命体別に、人 = 人間の細胞、植 = 植物、微 = 微生物、動 = 動物、と記してあります。)

人間の遺伝病の予防、治療
「遺伝病の患者の治療に役立つ。」人
「遺伝病の治療などについて。」人
「遺伝的疾病や体質などの改善につながるかもしれないから。」人
「悪いものを良いものに取り替えて永く健康を保てる。」人
「事前に察知できる病気への予防対策。」人
「遺伝病や成人病を治し健康な人生。」人
「悪性の遺伝による病気を遺伝子操作で治療できれば。」人
「悪いと思われる遺伝子を排除し良いと思われる遺伝子だけにすることができる可能性がある。」人植微動
「生まれつき不具といった分子病を正したり、遺伝するのを防げるから。」人、教
「特別に不幸な遺伝子を持った人々に対して。」人、学

病気のコントロール
「病気に強い、生育が早い、大量にとれる、など。」植
「天敵などの生物を産み出し、害虫等に役立つ。」微
「病気治癒に役立つかもしれない。」微
「病気の予防。」動
「ガン、AIDSなどの撲滅。」微
「病原菌の解明。」微
「病原菌に対する対策がいろいろな状況で発達する。」微
「医学、治療の進歩に。」人
「病気の治療に役立てる。」人
「ワクチンの開発。」微
「病気の治療や健康保持などに役立つ。」人、学
「疾病耐性獲得。」動、学
「病虫害に抵抗性のある、また高生産性の植物。」植、学(食糧増産)

医学的進歩、癌の治療
「ガンなどの病気に役立つ。」人
「ガン等の撲滅など。」人
「医学の進歩。」微
「医学的な見地から見た場合は可。」人
「人体保健の増進。」動
「ワクチンの開発。主に医療の分野で。」微
「病気(ガン等)の研究。」微
「新しい微生物によって医薬品の開発。」微
「微生物にホルモン等の薬物を作らせる。」微
「不幸な子供を作らない。」人、学
「ガン細胞等の究明など。」人、学

科学的知識
「科学が発展することによる人類全体への利益、および遺伝子工学による種々の物質の安価大量生産による経済的利益。」人植微動
「食物としての利益、病気に対する研究促進。」動
「生物機能の解明。」微動
「ヒト遺伝子の操作実験。」動
「人に実験できないが、動物によって推察できると思う。」動
「遺伝子操作の良し悪しは別として、医学面で世界をリードすることはGNPトップクラスの国としての任務、そして他の国は「世界への貢献」と見てとるだろうう。しかしこれはあくまで majority の考え。」人植微動
「バイオテクノロジーの進歩。」微
「遺伝子の研究、生物工学的に不可欠。」微
「日本は科学立国なので、また資金もあるのでいろいろな研究をするべきだと思う。たとえ利益がなくても。」人植微動、教
「個体における遺伝子の働きを調べる研究手段として有効。」植、学
「科学技術、基礎応用力の発展。」人植微動、学

農業の進歩
「農林業の発展。」植
「食物連鎖の初期段階で他の動物の生存に役割を果たすと思うから。」微
「農業革命。」植動
「畜産、漁業の発展。ヒト医学への貢献。」動(医学)
「農業の効率化。」植、学
「農作業の軽減化。」植、学

品種改良、開発
「冷害等に強い作物を作れるし、砂漠等にも育つ植物が生まれる。」植
「病虫害に強い作物をつくる。」植
「色々な環境に適応したものや、豊かな実りをもたらしてくれるものがつくれるかもしれない。」植
「気候に左右されない植物(野菜、くだもの)ができる。」植
「動物の繁殖に効果があるかもしれない。」動
「病虫害に耐える新種の開発が可能となる。」植
「家畜の品種改良に役立つ。」動
「野菜、果物等の品種改良に役立てば良いと思う。」植
「いろいろな野菜や花が作れる。」植
「様々な新種の植物や微生物を作ることができるから。」植微
「有効な新生物の開発、創造。」植微動、教
「病気に強い、悪天候に強い品種、および収穫量の多い品種の作成。」植、学

食糧増産
「食糧用の動物をより早く、より多く産み出すことができる。」動
「ミルク、肉などを大量に作ることができるかも知れない。」動
「いろいろな食べものを大量においしく作ることができる。」植
「食糧の安定供給を可能とする。」植
「収穫の良い農作物。」植
「農作物等の増産に。」植
「食料、薬等の生産に。」微
「例えば食物の安定的供給とか。」植微動
「品種改良による生産性の向上。」植
「食物連鎖が良くなる。」微、教
「生産性の向上、環境保全等、種々様々なメリットがある。但し、これらは正常な感覚を持った人で行なわれねばならない。」植微動、学
「食糧問題解決の可能性。」植、学

全人類、全世界の利益、生活水準の向上
「低コストの家畜等の開発、改良。」動
「資源も土地もない日本にとって無限の可能性がある。」植
「人口問題について。」人
「世界の過剰気味の人口のためにも食糧の増産として。」植動
「新商品の開発となるから。」植微動
「食料危機により、人、動物を殺し合うよりはいいという程度。」植
「食糧を生産し、食糧自給率の増加や飢餓状態の国への輸出援助。」人植微動
「日本にとってではなく、人類にとって利益をもたらすような利用を考えるべきだと思います。」植微動、教
「世界全体への様々な利益をもたらすものと信じております。」人植微動、学
「日本に限らず、利益をもたらすように科学技術を進めるべきである。」人植微動、学
「日本だけでなく、食糧の増産、病気の治療など、人類に利益をもたらす可能性があります。」植微動、学

輸出の増加、経済面の利益
「経済的面で。」人植微動
「食料の輸入過多を是正できることもあると思う。」植動
「生産性、品質の向上、輸出の拡大、国内の需要を満たす。」植微動
「成功すれば日本の国力が大きくなる。」人植微動
「経済的利益。」人植微動

品質向上、良質の製品
「より良い植物を多く残すことができる。」植
「農作物などで高い収穫があげられると思う。」植
「良い肉などができる。」動
「色素、形体、固有生の変化による多様化等。」植
「食生活に潤いをもたらす。」植動
「人類の形質の向上。」人
「食品等の改良に役立つ。」微
「新たな栄養価の高い植物摂取が可能となりうる。」植
「品質改良。」植動
「よりおいしい野菜等。」植
「観葉植物を身近に育てる。」植
「野菜、花等に限って考えた場合、新しく良いものができる可能性があると思う。」植
「カール・ルイスやベン・ジョンソンが生まれる。」人
「家畜の改良等。」動、学

環境に好影響
「水質の浄化の観点から開発が重要である。」微
「分解できない物質を効率的に分解できる微生物をつくれる。」微
「鑑賞と自然回復。」植
「保護において。」動
「絶滅寸前の動物の救済。」動
「自然植物の保全。」植
「環境保護、改善に役立つように思われる。」微
「海の汚染を少しでも止められるような微生物を作るなど。」微
「ゴミの処理などに役立つかも知れない。」微
「土壌改良、地下水の保全。」微
「農作物の増収、安全性(無農薬)。」植
「無駄のない野菜が作れればより経済的に安くなり、ゴミも出にくい。」植
「自然保護の面で良い結果が生まれれば良いと思う。」植
「化学工業からより環境にも適合する生産技術への移行、より効率的生産技術の確立。」植微動、学

医薬品の生産
「薬などの製造に役立つ。」微
「発酵、新薬の合成、他。」微
「新規な医薬品の量産。」微
「優れた医薬品等ができるというイメージがあるので。」微
「いろいろな病気の抗体を作ることができる。」微
「インシュリン等のタンパクの合成。」微
「製薬、医療面で効果があるのでは。」微、教

有益な物質の生産、工業的利益
「医薬品などの有用物質生産に有効である。」植微動
「化学品、医学関連において。」微
「有用物質の量産。」微
「有用物質の効率的生産。」植微、教
「いろいろな物質の製造。」微、教
「バイオリアクターの開発、バイオ生産物の増産。」微動、学
「微生物を利用した有用化学物質の生産向上に有用。」微、学
「アミノ酸やタンパク質等、種々の有用物質生産に役立つ。」微、学
「有用物産生植物を作り出し、医薬等への応用。」植、学
「微生物利用(工業)生産による特殊物質、高純度生産。」微、学
「産業に貢献。」植微動、学

疑問のある利益
「日本に利益をもたらすが、それを使っていくこととは別。」人植微動
「利益ばかりとも思わないが品種改良などの利点。」植
「人類にとって好都合なものを作り出す可能性があるが、一方地球上の生態系のバランスがとれなくなる事も考えられるのでどちらとも言えない。」植微動
「日本の利益追及の結果の歪みが既に見えてきています。」人植微動
「良い方向に行なえば利益がある。」人植微動
「経済効率、生産性が上がる反面デメリット有り。」人植微動
「しかし、長い目で見て、そのことが利益となるかは疑問がある。」人植微動、教
「近視眼的には利益をもたらすと思うが長い目で見たらわからない。」植微動
「企業が利益を求めて行なって、良い結果が出るだろうか。」植微動、学
「利益をもたらすとすれば一部の人々の経済的利益をもたらすに過ぎないのではないか。」人植微動、学


表4-5:遺伝子操作の利益とリスクに対する認識

図4-3:日本とニュージーランドにおける遺伝子操作の利益とリスクの認識の比較
ニュージーランドはCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。

表4-6:回答者が挙げた遺伝子操作の利益 
利益があると答えた人の割合を%で表示(人数も表に示す)。小さい数字はニュージーランドのCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。

図4-4:遺伝子操作の利益の理由
分類について詳細は本文を参照。


 人間の細胞の遺伝子操作は有益だとした教師の半数近くが、これは遺伝病の治療につながると答えています。またその他の医学的利益を理由に挙げた人も数多くいました。動植物の場合、最も多かったのは品種の改良と食糧の増産でした。「農業の進歩」というカテゴリーは、農業全般の発展を挙げた場合に限り、新品種や食糧増産を利益として特定した場合はまた別に表に入れました。微生物の遺伝子操作で最も多く挙げられた利点は、ホルモン等の有益な医療用物質を製造するというものでした。回答者が医療製品だけを挙げた場合は有益な物質のカテゴリーには入れていません。工業製品やその他の有益な物質を挙げた場合は有益な物質のカテゴリーに入れました(例を参照)。

 Couchman & Fink-Jensen (1990)によって行なわれたニュージーランドの調査は表4-6、図4-4に示してあります。数字は四捨五入しましたが、役に立つガイドになると考えます。全体的に結果は非常に似通っていました。両国の教師の半数は、人間の細胞の遺伝子操作は遺伝病の治療や予防に役に立つとみています。日本では回答者ほぼ全員が「治療」という言葉を使っていますが、ニュージーランドでは「予防」という言葉が使われています。これは遺伝子スクリーニングを使って遺伝病を予防するということに関連しているとも思われますが、こうした言葉の違いが異なる考え方を表しているかどうかは不明です。「予防(prevent)」という英語は、「治す」という意味もあるからです。

 病気のコントロール、癌の治療、医学進歩といったその他の医学的利益は、全項目に共通しています。医学的利益を多くの人が認めている点は、日本の世論調査(複数の選択肢より回答)の結果とも一致しています。例えば1985年12月(N=7439, 総理府広報室 1986a)でライフサイエンスの進歩に何を期待するかときいたところ、45%が「癌や遺伝性疾患の治療」を挙げ、13%が「公害の防止」、11%が「生活水準の向上」、5%が「新しい産業の振興」、4%が「食糧の増産」、4%が「新製品の開発」、4%が「期待しない」、13%が「わからない」でした。今後15年の間に暮らしは変わると思うかとの問いでは、「病気から身体を守れるようになる」が64%、「人間の寿命が延びる」が69%、「家族や育児についての考えが変わる」が49%、「食生活が変わる」が50%でした。1986年の科学全般の調査(N=2376, 総理府広報室 1986b )では、53%の人が「医療技術の向上」に科学技術の進歩を感じ、36%が「エレクトロニクスやバイオテクノロジーなどの先端科学技術」、31%が「日常生活における衣食住などの便利さや豊かさ」に感じると答えています。

 微生物の遺伝子操作の利益として両国の回答に最も多く挙げられたものは、有益な物質の生産でした。日本では経済的利益を挙げた回答者は少なく、ニュージーランドの方が多かったのですが、これはおそらく農業という点で経済がバイオテクノロジーに非常に依存しているからでしょう。動物の遺伝子操作の利点の理由として、動物の病気のコントロールを挙げた人はニュージーランドの方が多くなっています。両国で似たような割合の人が「新品種」や「食糧の増産」を挙げ、ニュージーランドでは後者の方が多い傾向にありました。 

 表中の「異品種」カテゴリーには、新品種や気候に耐性のある品種を作ることによる利益を挙げた回答も含まれています。植物の遺伝子操作の利点を認めるニュージーランドの教師のうち、15%が「気候に耐性のある品種の開発」を挙げましたが、日本ではわずか2%でした。動植物の「品質の改良」を利益に挙げた回答者数が両国で違うのは、カテゴリーの範囲が異なるためとも考えられます。ニュージーランドでは、このカテゴリーは品種改良も含みますが、日本では「品質の改良」と言うコメントと区別するため、「品種改良」は「新品種」カテゴリーに含まれています。表4-5に示したカテゴリー中、「品質の改良」には鑑賞用植物といった美しい製品の生産も含まれ、日本ではこれがこのカテゴリーの回答の半数を占めます。ニュージーランドでその他のコメントを述べたのは、教師が約3〜7%、科学者5〜7%で、内容が不明のため表4-6には含まれていません。

 1983年に日本のビジネスマンを対象に行なわれた日経の調査では、バイオテクノロジーの未来に何を望むかの質問を試みています(日経 1983)。これを調べるためにバイオテクノロジーにどんな利益を望むかリストから選んでもらった結果、「癌の診断、治療等の医学的利益」が73%、「動植物の品種改良」が65%、「環境浄化」が25%、「エネルギー面での利益」が17%、「化学工業での省エネ化」が12%でした。バイオテクノロジーは日本に適しているかとの問いには、69%が「適している」と答えています。これは、本調査問5bの回答よりもかなり低い値です。その理由をリストから選んでもらった結果は、61%が「知識集約型技術だから」、43%が「日本には資源やエネルギーがないから」、40%が「日本は発酵技術が得意だから」、18%が「今後発展しそうな技術だから」、そして16%が「細かい操作に器用だから」でした。一般市民を対象とした電通の調査(1985)では、バイオテクノロジーへの関心(全体の41%が関心があると回答)の内容を質問しました。「新医療技術の開発で病気の治療に利用できる」が59%、「品種改良等で食糧の増産ができる」が34%、「新品種の開発で新しい食品ができる」が21%、「新しいエネルギー源の開発」が25%、「化学工業製品の原料ができる」が11%、「特になし」が21%でした。

 1991年2月の環境庁の調査(N=1363, 環境庁 1992)では、バイオテクノロジーのうち遺伝子操作技術の有用性について人々の持っている考えと最も近いものを選択肢から選ばせています。なおこの調査では質問の前に数ベージに渡って導入として解説がなされており、それが回答に影響している可能性があります。結果は、31%が「新しい医薬品や新種の有用な生物が造れるから有用である」、35%が「我が国は、常に新しい技術開発を積極的に進める必要があり、そのひとつとしてこの技術の研究開発を進めていくことは有用である」、23%が「技術開発の歴史がまだ浅く、今のところその有用性を明確に評価できない」、8%が「環境影響、健康影響等の懸念が大きいため有用であるとは思えない」そして2%が「その他」でした。これらは本調査の結果と一致しています。しかし本調査の質問は誘導的ではないので、人々が実際にどう感じているかがより良くわかります。ですから本調査の結果はバイオテクノロジーを推進したい人の励みになるはずです。多くの人がこのテクノロジーにいくらかでも利益があると考えているのです。実際には、過去の調査や、遺伝子工学よりもバイオテクノロジーを理解する人の方が多いという問5の結果から判断して、遺伝子操作はバイオテクノロジーの技術の内で最も良く知られたものではないかも知れません。

 ギャロップ社によってエリ・リリー社のために1990年にイギリス、フランス、イタリア、ドイツで行なわれたヨーロッパの世論調査(N=3156)では(Dixon 1991a)、バイオテクノロジーの最大の利益を4つの例の中から選ぶよう求めました。半数以上が、最も重要な利益は深刻な病気の治療だと答えました。その他としては、農薬や化学肥料への依存低減が、イタリア26%、フランス24%、イギリス22%。ドイツ16%で続いています。またその調査では、何が一番心配かを似たような方法で質問しています。フランス人の40%、ドイツ人の35%、イギリス人とイタリア人の25%が優生保護、環境破壊を挙げた人は全体的にややそれより少なく、イギリス人が34%、フランス人が33%、イタリア人が22%、ドイツ人が21%でした。研究所での遺伝子研究による健康への危険性はイタリア人で29%、フランスで17%、イギリスで11%、ドイツで10%の人が挙げていました。全体的に見ると回答者の1/3がバイオテクノロジーは倫理に適っている、約1/3が倫理に適っていない、残りの1/3が「どちらでもない」と感じています。

 つまりどこの国でも医学の進歩と遺伝病の治療能力が、人々が挙げる遺伝子工学とバイオテクノロジーの主な利益のようです。その他の利益では意見が分かれ、想定する生物に左右されます。微生物は医療用と発酵による有益な物質全般の生産の両方に活用できると考えられます。動植物は当然のことながら農業上重要と考えられ、遺伝子操作は新品種の育成や食糧の増産を助けるものと考えられています。

 前述のヨーロッパにおける調査では農薬使用量の削減と環境への利益が一般的に支持された選択肢でしたが、実際には共通の感情とはいえないかも知れません。遺伝子操作生物にこれらの利点があるかとの質問16fでは反応は肯定的(4.5.節参照)でしたが、問5で農薬に対する不安が高かったにもかかわらず、このテクニックは日本とニュージーランド両方の問7cの回答から見るとあまり知られていないようでした。どちらの国でも環境への利益という点がもっと公衆の注目を集めてしかるべきですが農薬を製造している化学会社にとってはもっと他の問題が優先するでしょう(第5章参照)。


4.4.遺伝子操作の危険性の認識

 遺伝子操作がもたらす危険性について質問した問7dの結果は、表4-4にまとめてあります。遺伝子操作の技術に対する認識は、ここ10年間日本で高まっていますが、次の結果から見るに、不安も依然として存在します。グループによって回答が分かれていることを見れば、これは驚くことではありません。遺伝子操作のリスクは、一般市民よりも高校の教師の方が意識していますが、利益を見出す人も後者の方が多くなっています。科学者は一般市民と似通った回答ですが、人間の細胞の遺伝子操作への不安(71%)は一般市民(82%)よりも少なくなっています。

 日本人の方がニュージーランド人よりも遺伝子操作による危険性を感じていました(図4-3)。これは人間と動物の遺伝子操作に関して顕著であり、日本の学生と教師が他のグループに比べ特に強く危険を意識しています。遺伝子組換え体に関連する事故は日本では起きておらず、実際ニュージーランドでの野外放出が20件なのに対し、日本ではわずか一件にすぎません。これが危険の認識度の高さと関連しているとも考えられます。

 どのようなリスクを感じているか質問した結果を表4-7にまとめました。理由の分類方法は、利益や拒否理由の際に説明したものと同じです。分析には全部で40のカテゴリーを使いましたが、表4-7では14カテゴリーにまとめました。いくつかのコメントは、この技術を拒否する理由として述べられたものと非常に似ていますが、いくらかでもリスクを感じている人は多いため、問7dにコメントを書いた回答者総数は問7bに比べ全体的に高くなっていますが、「リスクがある」とした人のうちで問7dでコメントを書いた人の割合は、問7bで「受け入れられない」とした人の中でコメントした人の割合より一般に低くなっています。これはニュージーランドと同様です。問7bで既にコメントを書いたのでもういらないと考えた人もいたかも知れません。しかし問7dでリスクがあるとしながらも、そのリスクを明記しなかった回答者の多くは、問7bでは「使ってもよい」を選んでいます。問7dで危険があると答えた科学者は、問7bでテクニックを使ってはならないとして理由を書いた科学者よりも、コメントを書く人が多くなっていました。問7b,c,dの全質問で、日本の回答者はニュージーランドよりもコメントが少なく、特に科学者と教師において顕著です(両国とも郵送アンケート)。

 コメントがどんなものだったかを示すために、各カテゴリーの典型的なものをいくつか以下に挙げます。(教=高校の生物の教師、学=学識関係者、それ以外は一般市民からのコメントです。またコメントで取り上げられている生命体別に、人 = 人間の細胞、植 = 植物、微 = 微生物、動 = 動物、と記してあります。)

倫理的な問題
「倫理上問題があると思う。人が人を操作するというおごった心をもってはいけない。」人
「人間の欲望は果てしなく、不道徳的なものにまで及ぶであろう。」人
「倫理的な問題。」人
「人権問題。」人
「先天的のものを含めて障害者や難病の人を差別する日本の社会の方が問題。それを科学で解決できるだろうか?」人
「倫理の問題と技術の悪用。」人
「倫理上の問題、非人間性。」人
「過度な発展による倫理学的崩壊。」人、教
「人工的な動物を無規制に作るとすれば、モラル上の問題も生じると思う。」動、学
「研究と倫理、宗教的問題。」動、学

未知なる分野や結果への恐れ
「遺伝子操作によってできるものの危険性をどこまで予測できるのか。」人植微動
「予知できない部分が多い。」人植微動
「よくわかりませんが自然界にないものを作るとすれば必ず危険を伴うはずです。」人
「まだ結果に不安がある。」人
「結果を想定できない。」人
「科学技術の分野で、全ての疑問点が解明されているとは思えない。新しく入ってきた生物が一次的に生態系を乱すように。」人植微動
「間違ったことが起こるかも知れないから。」人
「新しい研究には良いことばかりでなく危険もあると思う。」人植微動
「遺伝子を操作することでどんなものが生まれてくるか図り知れない。」人植微動
「SF映画のようなもの。」微
「完全なものになるまでには全て危険がつきまとうと思う。」人植微動
「元々自然界に存在しない性質の種に変えるわけだから、何があるか分からない。100%安全とは言えない。」人植微動、教
「人間に対する影響(2代3代にわたり)を明らかにするには大変長い年月がかかる。」人動、学
「多くの物がはっきりしてから行なうこと。」人動、学

神の役割、不自然
「純粋にその動物の性格をかえなければある程度理解はするが、別の物体ができる危険がある。」動
「自然生物学的発生原則に反する。」動
「危険というのではなく、やってはいけない。」人
「人間本来の行なうべき事ではない。」人微動
「人間にとっての利用価値を高めるために動物の生態系を変えてはいけないと思う。」動
「命あるものを勝手に使用する実験自体、人の心をむしばんでいる。」動
「新たな動物の創造は神ではないのでやめるべきだ。」動
「種別の境をなくした時。」動

悪用の危険性、生物兵器
「原爆と同じように、まちがった方向に進む危険あり。」人植微動
「悪用されれば。」人動
「犯罪等の分野に利用される恐れがある。」人
「狂気を秘めた天才科学者に悪用される。」人
「政府による悪用→戦争用という意味。」微
「人間の手で操作されて、微生物戦争が起こる恐れがある。」微
「正しい事へ応用するとは限らない。」人
「操作方法を人為的、意図的に使用される恐れがある。」人
「ヒトの細胞操作に繋がる。」動
「学者バカ、政治家バカによる悪用が人類、地球滅亡につながる。」人植微動
「研究課程における不測の事態その進展状況に合わせた研究結果の反倫理的使用および軍事的に利用される危険性がある。」人植微動(事故や大災害)
「必ず悪用する人がいるから。」人植微動
「日本人は全てを自国の利益にしか使わないので、この先どのように利用するか心配。」人微動
「研究体制や、研究者の研究に対する姿勢により左右されるのでは。」人植微動、教
「科学技術が人類に多くの恩恵をもたらした一方で、核兵器等の開発につながった。公害問題では諸悪の根源は化学にあり、などといわれた。要は生物的方法だから危険というのではなく、科学は両刃の劔であり、利用の仕方次第である。」人植微動、学
「学者の名誉欲で人に害を与えるものでも何でも作りだす。」人植微動、学
「一部科学者のみの判断による乱用。」人、学
「企業、研究者、政治家のモラル。」人植微動、学
「奇形的生物愛好の発生、生態系のペット化。」動、学
「我々は過ちを犯す。農薬、枯葉作戦、化学兵器。」人植微動、学

優生保護
「頭のいい人がたくさんできると困ります。」人
「超能力者を産み出そうとする。」人
「病気の治療以外に悪利用されそうだから。」人
「有能な人間ばかりが生まれ、社会の地位的なバランスが崩れる恐れがある。」人
「遺伝子操作によってできた人が差別されるかも知れない。」人
「劣るものは悪と見做す思想の定着。」人
「障害を持つものが抹殺される。」人
「人種差別の新しい手段となりうる。」人、学
「特権的人種の発生。」人、学

クローニング、人間生殖
「人の生殖の問題に人の手が関与する事。」人
「日本においても世界でも異色の人物ができそうで。」人
「親子関係が成立しにくくなる。また不都合な団体ができても、それを抹殺することができない。」人
「同じような造られた人間ができてしまうのではないか。」人
「人の手によって勝手に研究者の好きなように人が作られるような気がする。」人
「悪用されると親のないロボット的人間ができる。」人
「一部の人間が必要とする人間の大量生産。」人、教

不十分な管理。十分な議論の必要性
「操作のエスカレートに対する歯止め。」人
「基本的には使っても良いと思うが悪用されないような歯止めが必要なのでは?知能が高く健康な人しか認められない世の中になっては困る。」人(優生保護)
「危険だがブレーキをかけることができれば心配しない。仮定のことばかり心配していては何もできないと思います。未知の世界のことですから管理をしっかりして頑張っていただきたい。」人植微動
「無制限に行なうと非常識なことをする人がでる可能性があるから。」人植微動
「充分な検証が必要。」人、教
「日本人(一般人)のモラル(倫理的なこと)が十分話し合われていないため、日本人の「欲望」の種に使われる恐れがある。」人、教
「いずれも危険性はあると思うが、使い方、管理方法次第と思う。」人植微動、教
「人間の遺伝子操作の場合、人間の生き方について倫理的な検討無しに科学のみ独走する危険。」、学
「良く社会のコンセンサスを得て実施する必要がある。」人植微動、学
「目的の明確化、法的規則が必要。」人、学
「Biohazard に対する考え方が日本ではずさんであるので必ず近い将来に何か起きるだろうが、何が起きるか具体的には説明できない。」人植微動、学
「国民の同意を得て、慎重に行なうべき。」微動、学

奇形、突然変異
「奇形またはミュータント的人間が人工的に製造されるのではないか。」人
「遺伝的操作を人体に受けた人の子孫に何か影響が出たら、かわいそうだと思う。」人
「誤操作による奇形および遺伝的欠陥。」人動
「変形したヒトや動物ができる。」人動
「わけのわからない動物ができる可能性もある。」動
「突然変異が起こった時、人の手ではどうにもならない。」植微動
「予期できず発見が難しい異常。」動、学
「異常な繁殖力。」植、学
「予想もしない変異が心配。」人、学
「突然変異等による奇形、狂暴性。」人、学

人々の健康への影響、新しい病気、発癌性
「悪生物を産み出す危険。」微動
「人間や動植物にとって害になるものが、万が一にでもできるかもしれない。」微
「よい形質は持っているが、その他人間に毒となるものを作り出す。」植
「エイズのような病気を引き出す可能性あり。」微
「倫理的な問題の他に、人体に悪影響を与える可能性が大。」人、教
「悪用すれば、新たな遺伝病も誘発する。」人、学
「病原性が強くなる、薬剤耐性。」微、学
「新たな身体的欠陥や病気の発生。」人、学

人間社会の変化
「従来のヒトではないヒトができるかも知れない。」人
「自然人がなくなる。」人
「遺伝子の組変えによって本来の人間性が失われる。」人
「食品工業と医療の変革。」、学
「社会規範の変化予測不可能。」人、学
「文化がくずれる。」人、学
「人間の尊厳の喪失。」人、学
「ヒトの存在意義の崩壊による文化的混乱。」人、学

手に負えない事故や大災害の可能性
「操作の失敗による、形質の悪化、危険な種の発生。」人植微動
「良くわからないが一度狂わせるともとに戻せない。」人植微動
「操作ミスの恐れがある。」人
「失敗がこわい。」人
「人組変え病原微生物の環境放出。」微、学
「研究者自身の mistake による場合。」人植微動、学
「細かなコントロールができないので。」人植微動、学
「人間が行なうことですから、間違いが発生することがある(事故であれ故意であれ)。人間社会、生物社会に与える影響は図り知れない。」人植微動、学
「商業主義的価値観と結合してその論理に支配されるとき、人間および自然破壊をもたらす危険がある。」人植微動、学

環境、生態系への影響
「自然界に存在する動物以外の存在が急激に現われた場合、生態系のバランスが狂ってしまう感がある。」動
「動物生態系の破壊につながると思うから。」動
「生態系の破壊。」植微動
「危険について具体的に指摘できるほどの知識はない。ただ、これを際限もなく行なっていった場合、生態系等にどのような影響を与えていくのか、不安ではある。」人植微動
「環境に対して、現在の種より強い動植物ができた場合、過繁殖して、現在の種を駆逐してしまう可能性があると思われる。結果として現在の自然循環を破壊することになる。」人植微動
「そのような動物が植生に影響を与え、砂漠化する可能性がある。」動
「植物や動物の自然な発展への影響。」植動
「生態系を損なうこと。」人植微動
「全て、勝手な解釈による操作は危険。生態系を含め、バランスのある操作が必要と考える。」人植微動
「未知の病気、自然の生態系が崩れる。」植微動
「日本にとっての危険は地球的危険に繋がります。地球環境の汚染を止め、全ての生物との共生を願います。」人植微動
「自然から思いがけないしっぺ返しが来ると考えている。」人植微動
「絶滅してしまう植物、微生物、動物がでてくる。」植微動
「人間にとって都合のよい遺伝子のみになり、遺伝子プールが単純、貧弱になる。」人植微動、教
「予想外の悪品種が出現し、かつそれが淘汰に強く、どんどん増えていく。」人植微動、学

生物学的危険、遺伝子や危険な組変え体の拡散、動植物の新種の病気
「どのような技術でも、危険はつきものである。例えば、誤った遺伝子を入れた危険な微生物が自然界に出てしまうなど。」人植微動
「従事者の不注意による封じ込めからの漏洩が問題となりうる。」人植微動
「実験の失敗、漏れ等考えられるから。」微
「コントロール不能な微生物が作られ一度環境中に出て害を広げたとき。厳重な取扱ができれば可。」微
「新しい病原菌、害虫の発生の可能性。」植微動
「研究には必ずミスがつきまとう。→バイオハザード関連の問題。」植
「日本に限らず、いくら規制してもバイオハザードは必ず起こると思う。原子炉と同じような面がある。」人植微動、教
「管理のルーズから異常遺伝子が外部に流出する。」植微動、教
「植物、動物の有害品種の作出。」植動、学
「危険な病原菌の操作が安全に行なわれるか。」微、学
「生物界の自然史を妨げ、予期せぬ病原性などをもたらす可能性がある。」人植微動、学

経済的理由で安全がないがしろにされる
「農業(1次産業)に対する、2次、3次産業の影響力増大が懸念される。」植
「牛肉や卵の生産など、商業的利益が優先されそう。」動
「日本および日本人に哲学や倫理感、宗教上の歯止めも薄いと思う。利益至上主義であり、それによって何を作り出すか分からない。長く続いてきた人間の歴史が変わってしまうかも知れない。優生なもの(人間も含め)だけでは、この世が成り立たない。」人植微動(倫理)
「極端だが、優秀な卵の売買等。」人、教

 他の質問同様、回答は様々でした(図4-5)。一般的な回答の頻度は問7bとさほど変わりませんが、多くの回答者がこれら2つの質問に違った回答をしました。全般にリスクは「自然の営みに介入する」という事よりも人による悪用その他の活動に関係しています。また、質問がより具体的だった為、多くの回答者が奇形や突然変異の問題を挙げています。生態系、環境問題に加え、遺伝子、ウイルス、遺伝子操作生物の拡散に関連したリスクを挙げた人も多く、表4-7ではそれらは「バイオハザード(生物災害)」のカテゴリーに入れました。科学に危険は付物だと答えた人もわずかですがいました。

 問7dと問7bに対するコメントは問7cに対するよりも変化にとんでいました。これは情報源やマスコミによる報道によるとも考えることができます。バイオテクノロジーを推進したい人達によって肯定的な情報が、多くはバイオテクノロジーの医学や農業における利益を強調する形でマスメディアを通じて送り込まれていますが、、これが人々が持つバイオテクノロジーの利益についての知識の主な情報源かも知れません。従ってこれらの技術を受け入れられない、またはリスクがあるとして挙げた理由にはもっと自発的な感情が含まれているかも知れません。またバイオテクノロジーに関する懸念を表したような記事には意見の統一性が欠けることもあるでしょう。

 ニュージーランドの結果との比較は図4-7を参照してください。ニュージーランドの教師の3〜8%、科学者の2〜3%が「その他」の理由を挙げ、これは表4-7にはありません。倫理的問題を理由に挙げた回答者はニュージーランドの方が多いのですが、日本で「優生保護」のカテゴリーに含まれているものは、ニュージーランドなら「非倫理的」のカテゴリーに入れられたかも知れません。

 問7bと問7dの回答では、動物に対する倫理的虐待に関してほとんど懸念が表明されていません。これは日本での動物の権利に対する関心の低さを示しています。しかし面白いことに数人の人が動物への優生学的応用に関して不安を表明しています(表4-7)。

1985年12月のライフ・サイエンスについての調査(N=7439, 総理府広報室 1986a)で、動物実験に関する質問が行なわれました。まず動物と人間の関係について質問が行なわれ、それに対して「人間は、他の動物と共存共栄を図らなければいけない」とした人が49%、「人間は動物の中でも特殊な存在である」が22%、「人間も結局は他の動物と同じ存在である」が15%、「人間は、生きるために動物を一方的に利用してよい」が5%、「わからない」が9%でした。動物実験に限定した質問では、「かわいそうだが、人類の福祉のために仕方がない」と答えた人が66%、「できるだけ動物を用いる実験の数を減らすべきである」が23%、「かわいそうだから、実験に用いるべきではない」が5%、「わからない」が6%でした。1990年5月の調査(N=7629, 総理府広報室 1990e)では、動物全般に対する考え方を質問しています。ペットを飼う主な理由は、「家族もしくは自身が好きだから」というものでした。ペットの安楽死処分の質問では、23%の人が「生命は尊いのだから処分は行なうべきではない」と答え、「やむを得ない場合は行なう」とした人は68%、「それは自然なこと」としたのは7%、「わからない」が8%でした。

 約4分の1の人は動物実験倫理問題に懸念を抱いているという総理府の調査結果にもかかわらず、日本の科学研究における動物保護のガイドラインはまだありません。ほとんどの工業国では法とガイドラインがあり、つまり非倫理的な実験を行なえば研究所は閉鎖ということですが、日本にはこれがありません。名目だけの委員会を持つ施設もありますが、これは動物研究問題の倫理を評価するというよりも、主に国際的に出版物などの条件を満たすためです。この問題は特に遺伝子工学に関係するというわけではありませんが、動物研究のガイドラインを早急に設ける必要に迫られています。

 悪用の危険性に関する不安はかなりありますが、予想されたほどではありませんでした。1990年1月の調査(N=2239, 総理府広報室 1990c)では、科学技術が悪用されたり、誤って使われたりする危険性について質問しています。77%の人が「不安」、7%が「わからない」、16%が「不安でない」と答えました。1987年の調査では、「不安」83%、「わからない」6%、「不安でない」11%でした。不安は減る傾向にありますが、依然高いレベルにあります。悪用よりも誤った利用、そして結果が未知数ということに対する不安が多いようです。本調査で規制の不備を挙げた回答者は悪用、もしくは誤用を心配しているとも考えられます。

 問7dでは充分な規制があれば危険はないだろうとコメントを書き、どちらの答えも選ばなかった人がいました。また、問7bで見たように「危険はない」を選んだ上で、規則が必要とコメントを書いた人もいました。(表4-4参照)。この回答のコメントをいくつか以下に挙げます。

「危険のない範囲で許容されるべきものである。」植微動
「操作の方法によっては危険でもあるし、又危険ともなりえないと思うので二者択一的には返答できない。」人植微動
「細心の注意を要する。アセスメント。」人植微動
「適当な施設と方法によれば危険がない。」人植微動
「今日のガイドラインを守ることと倫理的な配慮がなされることが前提である。」人、学
「使い方を正しくする必要がある。」人植微動、学
「ただし、生産物等のチェックシステムを確立すること。」人植微動、学
「研究者の「生物」としてのモラルが重要。」人植微動、学
「但し、いずれも充分に安全性確認の上実施の要あり。」人植微動、学
「悪用すれば全てが危険であり、その管理を厳重にすることが必要。」人植微動、学


表4-7:回答者が挙げた遺伝子操作のリスク
リスクがあると答えた人の割合を%で表示(人数も表に示す)。小さい数字はニュージーランドCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。

図4-5:遺伝子操作のリスクとして挙げられた理由


 アメリカで1986年に行なわれた世論調査(OTA 1987)では、これに関連して「遺伝子工学で作られた製品の危険性について聞いたことがありますか」というもう少し一般的な質問をし、危険性を一つ挙げるよう求めました。危険性について聞いた事がある人はわずか19%で、その285名のうち、35%が危険と考える理由を何も挙げず(聞いたことがあるとは回答)日本での問7dと似たような割合でした。その他の理由は、「規制が難しい、拡散が不安」が16%、「健康への被害」12%、「突然変異」10%、「環境破壊や汚染」7%、「結果が未知数」7%、「新しい病気が生まれる」6%、「発癌性」6%、「製品の消費が危険」3%、「副作用」3%、「抗生物質に抵抗力のある病気が生まれる」3%、その他の理由を挙げた人が18%でした。今アメリカで問7を質問し、結果を回収したら興味深いでしょう。いずれにせよ、ニュージーランドと日本の結果が東西の比較をある程度可能にしてくれます。同じような希望を持っていることに加え、全体的に似たような不安を持つことがわかった事は、工業国の国民の間では、遺伝子工学のアイデアが似たようなものであることを示しています。科学研究やマスコミの報道が国際的であることを考えれば、何ら驚くべきことではありません。これらの結果からはニュージーランドやアメリカに比べ、日本がこの分野で特別な考え方をしているとはいえません。

 日本バイオインダストリー協会(1991)の最近のレポートで、英語の「リスク(risk)」という言葉が日本語に翻訳される際の使い方が取り上げられました。英語の「リスク」の意味が「危険の可能性」なのに対し、日本語の「危険」は確実性が高いとのことでした。実際のところ、ただ言葉で遊んでいるだけでしょう。遺伝子工学に人々がリスクを感じているのは残念なことかも知れませんが、これは英語圏の国でも、また多くの科学者の間でも普通のことなのです。事実問7dでは、日本の一般市民と科学者の回答は非常に似通っています。4-2節でもふれたように、日本の遺伝子工学推進者は、教育によって反対が少なくなると考えています。しかしこれらの結果から、教育が行なわれてもリスクを感じる人はいることを理解してもらえるでしょう。

  1991年2月の環境庁の調査(N=1363, 環境庁 1992)では、バイオテクノロジーと環境保全についてのいくつかの質問で、人々の持っている考えと最も近いものを選択肢から選ばせています。なおこの調査では質問の前に数ベージに渡って導入として解説がなされており、それが回答に影響している可能性があります。このアンケートは大衆の意見を知るために環境庁が委嘱している選ばれたモニターに送られたもので(回答率 91%! )、一般大衆に関する調査としての定量的な信頼性には疑問があります。環境庁の意図にも多少疑問の余地があります。と言うのは、第8章で述べたように環境庁は遺伝子操作生物の放出を規制する法案を通そうともくろんでいますが、いまだ日の目を見ていないという事情がありますし、その上、この調査結果は1991年4月には得られていたのに翌1992年3月までを発表(全部で32ページのところに35の図表が載っています)していないからです。

 その中の「遺伝子操作技術の安全性」についての質問では、14%の人が「新たに造り出された生物が病原性を持つ場合、人に感染し健康影響を及ぼさないか心配であるため不安である」、38%が「新たに造り出された生物が、環境中に放出された場合、異常増殖し生態系に被害や影響を及ぼすのではないか心配であるため不安である」、15%が「遺伝子操作技術がどのような技術なのか、内容がよくわからないので何となく不安である」、8%が「新たな生物が造り出されること自体が不安である」、3%が「遺伝子操作技術は、本来ほとんど危険性のない技術であると思うので、不安とは思わない」、17%が「非常に有用な技術であり、環境影響等についても十分に配慮して進めているはずであるから不安とは思わない」、3%が「わからない」を選び、1%が「その他」でした。つまり合計78%の人が遺伝子操作の安全性について懸念しているわけで、同調査の遺伝子操作技術の有用性についての質問の回答結果と比べて見ることができます。そこでは66%の人が有用性を肯定的に評価し、利益よりも環境等への影響の懸念が大きいとしたのは8%でした(59ページ)。新しい生物や医薬品等ができるという理由で遺伝子操作技術は有用とした人のうち68%が、そして新しい研究開発であるので有用とした人のうち63%が同時に不安も感じています。このように人は入り混ざった感情を持っているのは明らかで、調査する側がその結果を自分の都合の良いように使うことは想像に難くありません。。この調査に関してマスコミは否定的な結果だけを報道し、新聞は回答者の75%はバイオテクノロジー(実際の質問は「遺伝子工学」についてでした)の環境や健康への影響を懸念していると報じました。これは本調査の結果と一致します。しかし、環境庁の調査でも本調査でもほぼ同じ割合の人が有用性を認識していることを示しているのです。事実、ほとんど全てのテクノロジーはリスクを伴うわけで、回答者の多くがリスクと利益の両方を感じていることから見て、これが一般の感情なのがわかります。遺伝子操作は利益と危険の両方を伴うと考える人が両国とも多いのです。これは図4-6に示す通りです。全てのグループにおいて多くの人が利益とリスクの両方を感じていますが、人間の細胞の遺伝子操作においては特に顕著です。

 遺伝子操作の使用にリスクを感じるのは自然な事ですが、遺伝子工学が伝統的な農業に比較して危険なわけではありません。実際には、特性が正確に選ばれるため、より安全な可能性もありますが、それでもリスクを知る必要はあります。車を運転したり、電車に乘ったり、刺し身を食べる際でもリスクはありますが、それでもこういったことをするのはそれを使わないよりはましだからです。安全基準さえ守られれば良いのです。遺伝子操作への不安のおかげで、いかなるテクノロジーの使用にもその安全性に慎重になるとすればそれは良いことです。私達が今日受け入れている多くの習慣の方がリスクが高いかも知れないのです。安全性への関心が増すことで、私達は無意識に受け入れている習慣を新鮮な目で見るようになるでしょう。リスクの不安を押さえようとするよりは、これを尊重し、全ての可能性のリスクと利益のバランスを取りつつ決定を行なうことを学ぶべきでしょう。

 人々が利益とリスクのバランスをどう取っているかを調べるためには、遺伝子操作の許容度についての問7bと、問7c(利益)や問7d(リスク)の回答との間の相関性を見ることもできます。この比較は図4-7に示す通りです。ここでは日本とニュージーランドの一般市民の回答の比較をしてあります。日本では、植物への遺伝子操作は受け入れられると答えた人は、多くの利益を見出しており、危険はないと見ている人もいました。植物の場合より、微生物の場合は危険がないという考えは、利益があるという理由よりも比較するとさらに重要でした。全てのサンプル集団において、「受け入れる」という回答と、「利益がある」または「危険がない」という回答の間にはかなりの相関があります(P>0.001)。

 一般に、遺伝子工学を認識している人(問5a)ほど遺伝子操作を受け入れ(問7b)それに利益を見いだす(問7c)傾向があります。これは一般市民と科学者において特に顕著です(表4-8)。


図4-6:遺伝子操作の利益とリスク
利益とリスクの両方を感じる回答者。

表4-8:遺伝子工学の認識度(問5a)と遺伝子操作の許容度(問7)
問5a:a = 聞いたことがない b = 聞いたことはある c = 説明できる

図4-7:遺伝子操作の容認とリスク、利益の認識との相互関係
回答者数は表4-2, 4-4に示す通り。ニュージーランドのデータはCouchman & Fink-Jensen (1990)の調査結果。


 選択肢形式のものですが、科学や技術のリスク一般については日本の世論調査でも触れられています。例えば1986年には(N=2376, 総理府広報室 1986b)、科学技術のマイナス面をどういうところに感じるかを質問しています。「生活は便利になるものの、それとひきかえに人間の運動能力や生活能力が低下する」と答えた人が33%、「科学技術が悪用されたり、誤って使われたりする危険性がふえる」が29%、「環境が悪化したり、生活の安定性が脅かされる」が22%、「情報化が進んで精神的なゆとりが減少する」が21%でした。ビジネスマンを対象とした1983年の日経の調査ではバイオテクノロジーの将来に期待もしくは不安のどちらを持っているか質問しています。「期待」が65%、「不安」が24%、「どちらともいえない」が10%でした(日経1983)。知識が増えるに従い、バイオテクノロジーへの不安も高まっています。さらにリスト中から不安の理由を選んでもらい、「生態系が変わる」が75%、「倫理的不安」が55%、「精神や人格のコントロールが進む」が46%、「恐ろしい細菌が誕生する」が36%、「新しい細菌兵器が作られる」が30%、「人間疎外が進む」が16%「ウイルスが漏れる」14%、「クローン人間の出現」が10%でした。自然に手を加えることについての質問では、11%の人が「自然に従うのが一番よい」と答え、84%が「自然は利用すべき」、1%が「自然は制服すべき」、4%が「どちらとも言えない」でした。また別の質問で、おそらく実利的であろう日本のビジネスマンに生命は物質だと思うかどうか尋ねたところ、「生命は物質で営まれ、決して神秘的なものではない」が6%、「生命は物質で営まれているが神秘的であることも否定できない」が83%、「生命は神秘的で物質で営まれているとは思えない」が11%でした。日本のように比較的信仰心が薄いと思われている国でも、生命の霊的な面を認める人は多く、問7と問8で多くの回答者が遺伝子操作を不自然で神への冒とく、あるいは非倫理的としていることにも現われています。科学者の多くもこれらの理由を挙げています。新しいテクノロジーを導入する際にはこういった感情を受け入れる必要があります。これらの感情を非合理的として否定しても何にもなりません。。むしろ討論に組み入れるべきなのです。

 1990年アメリカで、組変えDNA研究に携わる科学者に対して調査が行なわれました(Rabino 1991)。 44%の科学者は一般市民の遺伝子工学への関心は有益であったと思うと答え、24%は害があったと思うと答えました。大学で働く科学者よりも産業界の科学者の方が否定的な印象を持っていました。なお82%の科学者が論争と訴訟のためにアメリカは遺伝子工学競争における優位の座を失うかも知れないと感じているのは興味深い事です。


4.5.日本における遺伝子工学施設への態度

 遺伝子工学に対する日本の一般市民の主な反対例は、特殊な施設、つまり筑波のP4レベルの封じ込め施設と新宿のP3レベルの封じ込め施設に集約されます。1987年には大阪に近接した大阪バイオサイエンス協会と蛋白工学研究センターに対する懸念が噴出しました。P3、P4という名称は、アメリカのNIHによって定められた保護レベル(P1〜4)のシステムから来ています。最も危険性の高い実験は安全性が最も高い施設で行なわれますが、P4レベルでの実験はまだあまり行なわれていません。P4レベルでは、実験環境と研究所職員は完全に隔離されます。このようなレベルの隔離はほとんど要求されることはなく、事実、筑波の施設はこれまで2件の実験期間中のみ使用されただけです。そして過去2、3年の間は必要がないため空き家の状態です。これは低レベルの保護で充分との判断からで、国際的にも遺伝子工学研究の保護レベルは低くなりつつあります。より厳しい保護施設は医療用や病原体の研究に使われています。

 つくば市にあるP4施設は理化学研究所(理研)によって運営されています。最初の反対運動は1980年末に理研が和光市の研究施設にP4実験室を建設しようと計画したことから組織されました。この実験施設は後につくば市の新研究所内に作られました。つくば市のP4施設問題を理解するため、筆者は1991年10月の地元の施設反対者の集会に出席し、また理研の主任研究員の一人と話をしました(天沼 1992)。反対者と理研は1988年以来地裁で争っています。闘争初期の反対者の圧力は施設の建設を阻止できませんでしたが、おそらくこのケースはバイオテクノロジーの安全性に関する日本では唯一、一般市民がメンバーとなる委員会の設立へと繋がり、その意味では反対運動は効果があったかも知れません。1985年9月のつくば市における理研の安全委員会の最初の会合から一般市民がメンバーとして参加しています。本書を執筆中も住民への補償を求める裁判が続いています。しかし、実害がまだない(特にP4施設は使用されていないため)状態では、何に対する補償か疑問に思われます。また、研究所付近の住民にこのアンケートを配りましたが、一般回答に比べ特に違いは見られませんでした。つくば市の住民全体の問7の回答では、許容度は全国と同じでしたが、つくば地域の回答者の方が遺伝子操作による利益とリスクの両方を意識しています。

 反対者の主な懸念は、施設内で何が起きているのか一般市民には分からないところにあるようです。しかし、研究は全て公表されます。11人のメンバーからなる安全委員会がつくば市の理研で行なわれる全ての保護レベルの遺伝子工学実験を含む研究を調査し、つくば市の代表も4名含まれて2年に3回の割で会合を行ないます。その際、研究内容のアウトラインをのせたパンフレットが作られ発表されます。さらに年1、2回の割で理研は地域住民と市の職員を招待して施設内でミーティングを開いています。また、地域住民の中にも理研で働く人がいます。

 反対者の疑惑は、P4研究室内で行なわれた2つの実験結果が発表されなかったことから高まりました。問題の実験はレトロウイルス(逆転写酵素を持つRNAウイルス)を使った遺伝子の細胞移入(トランスファー)に関するもので、無毒化されたウイルスはもとの特徴を再び取り戻すことができるのか、またヘルパーウイルス(無毒化されたウイルスの再生の補助に使用)を用いないでもそのようなウイルスを維持できるのかどうかを調べるものでした。この結果無毒化されたウイルスだけが見つかりました。しかし既に似たような結果(Miller et al. 1986)が発表されていたため、こちらの結果は公表されませんでした。科学技術庁と理研の様々な委員会の承認を受けるために手間取ったこともあって、実験を終了するのに2年半もかかったからです。結論からいえば、反対者は理研が行なう研究を心配する必要はないでしょう。日本のバイオテクノロジー研究関連の委員会への一般市民参加を推し進める方に注意を向けるべきではないでしょうか。この問題は8.4.節で取り上げます。

 おそらく反対運動が尚続いている新宿の厚生省国立予防研究所にはもっと懸念が抱かれています。懸念は単に遺伝子工学だけではなく、ほとんどの種類の遺伝子工学よりも危険度の高い病原体の一般研究をすることにあります。研究所は首都圏の中央で、病院の隣に位置し、材料を得るのに便利です。人口が密集していない地域に研究所が建てられたのならば、人々の健康にも危険が少ないとの指摘がありましたが、国際的にも、そのような施設が便宜上人口密集地に建てられることは珍しい事ではありません。しかし一般市民の懸念は研究の詳細を報告することで和らぐでしょうし、委員会に参加することでも研究を監視することができるでしょう。こうすれば充分な安全基準の維持を保証し、またこの基準とは何かを人々が認識していけるでしょう。

 ビジネスマンを対象とした日経の調査(1983)で、近隣に遺伝子工学の研究所が建設された場合の反応を聞いています。16%の人が「賛成する」、59%が「厳しい規制つきで賛成」、14%が「意見を求められれば反対する」、1%が「反対行動に出る」そして10%が「別に関心はない」と答えています。1991年2月に環境庁によって行なわれた調査(N=1363, 環境庁 1992)では「遺伝子操作微生物の閉鎖系利用を行なう実験施設があなたの住んでいる周辺に建設される計画がある場合、あなたの考え方と最も近いものはどれですか。なお、このような実験を行なうに当たっては、所管省庁が安全性を確保するための指針により行政指導を行なっており、既にいくつもの実例があります。」という質問をしていますが、55%の人はこれに反対していません。18%は「遺伝子操作技術は有用な技術であり、遺伝子操作技術の振興の観点から施設建設についても反対しない」、2.5%は「遺伝子操作技術は安全なものであり、心配するに及ばない技術であるから問題ないと思う」、29%は「国が指針に基づき行政指導を行なっており、安全性が確保されていると考えられるから問題ないと思う」、5%が「自分の住んでいる周辺に建設することには反対するが、そうでなければ特に反対しない」を選びました。32%の人は反対で、16%が「どんな実験が行なわれるかわからず、何となく不安であるから反対である」、15%が「遺伝子操作微生物が外部に絶対に漏れないという保証がないから反対である」、1.4%が「遺伝子操作実験そのものに反対だから施設建設にも反対である」、8%が「わからない」を選び、4%が「その他」でした。反対と答えた人(32%, N=563) にはさらにどのような条件があれば賛成かが問われました。「いかなる条件であっても絶対反対である」を選んだのはたった6%で、25%は「国や自治体が現在以上の厳密なシステムにより安全性を保証してくれれば認める」、5%は「施設を建設する企業等との環境保全協定が締結できれば認める」、6%は「施設を建設する企業等から納得の行く説明があれば認める」、52%は「実験の実績がさらに蓄積され、技術の安全性に対して自分として信頼ができるようになれば認める」を選び、4%が「その他」、3%が無回答でした。この結果から、ほとんどの人は安全性さえ保証されれば遺伝子工学の施設建設には反対でないことがわかります。

 次に「遺伝子操作微生物の開放系利用についてあなたの考え方と最も近いものはどれですか」という質問がなされました。7.4% が「遺伝子操作技術は有用な技術であり、遺伝子操作技術の振興の観点から開放系利用についても反対しない」、2.9% が「米国など海外で野外実験が進められているのだから、我が国においても積極的に推進すべきである」、2.2% が「遺伝子操作技術は本来ほとんど危険性のない技術であると思うので、野外実験が行なわれることにも反対しない」、42.6% が「開放系利用の安全性を審査するルールが確立され、それに基づく審査が行なわれたものならば反対しない」、17.5% が「遺伝子操作微生物を環境中に放出する前に、野外実験を行なおうとする主体がその安全性を十分確認するのであれば、利用してもよい」、5.8% が「どんな実験が行なわれるかわからず、何となく不安であるから反対である」、9.8% が「遺伝子操作微生物を環境中に放出すれば、生態系に被害や影響を与えるおそれがあるから、反対である」、4.8% が「遺伝子操作微生物は、これまで存在しなかった新たな生物であり、環境中に放出すること自体反対である」、4.9% が「わからない」を選び、1% が「その他」でした。基本的に73%の人が放出には賛成で、20%の人が反対しています。そして「遺伝子操作微生物の野外散布実験」について多少なりとも知っていたもはたった4.7% の人でした。この結果をアメリカ(OTA 1987)と比較すると、耐霜性イチゴを作るため遺伝子工学を施したバクテリアの野外実験が、地元で行なわれたらどうするかという質問に対し、53%が「賛成」、32%が「反対」、「どちらとも言えない」が14%でした。アメリカでは放出にはもっと多くの反対がありました。しかしその後意見は変わったかも知れません。もしかしたらアメリカでは囲われた遺伝子工学施設の存在への抵抗は少ないかもしれません。次の節で取り上げるように問19の結果では、環境への特殊な応用には両国とも全般に反対が少なく、一般市民の支持が高いのです。


4.6.遺伝子工学の環境への応用

 遺伝子工学の特定の応用に関する問19は、アメリカ(OTA1987) で行なわれたものと類似したものを使用しました。普通日本語でいう「農薬」(Pesticide)は遺伝子操作を施した生物を用いるものではないため,「殺虫物質や枯れ草物質」を変わりに使用しました。それでも、農薬という言葉が英語の"pesticide"と同様の否定的な意味を連想させるらしいことが、結果から明らかです(後記参照)。

問19. もし人間に対して危険がなく、環境に対してもほとんど悪影響がないとしたら、あなたは次のものを作る遺伝子操作生物の環境中での利用に賛成しますか。
1 賛成 2  反対 3 わからない
耐霜性作物 より有効な殺虫物質や枯草物質 油汚染除去用細菌
耐病性作物 より大きい釣り競技用魚類

 問19では、遺伝子工学の環境への特定の応用について、人的リスクがなく、環境への影響がほとんどない場合、どう思うか質問しました。日本ではこれまでに遺伝子操作生物の野外放出はわずかに1件しかありません。国際的には既に500件近くあり、他の国々では何種類かの遺伝子操作生物や遺伝子操作生物を使った生産物が一般に売られていることを考えると、日本の政府機関は遺伝子操作生物の野外放出に神経質過ぎるというべきでしょう。私達は環境に導入するどの新しい生物も品種もその生態系へのインパクトを考慮しなければなりませんがその方策はあります(Tiedje et al 1989, HMG 1991)。

 結果は表4-9に示す通りです。日本の場合、耐病性作物や耐霜性作物の野外放出

は許容度が高く、油汚染対策のバクテリアに対しては低くなっています。より優れた農薬開発の許容度はさらに低くなっていますが、それでも全てのグループの過半数が支持しています。競技用に大きな魚を作ることには拒否反応があり、アメリカの結果と大きく違っています。比較結果は図4-8に示す通りです。

 このアンケート結果は、遺伝子操作生物関連製品の開発研究の推進と、新種の植物を農業用として使用する前に野外放出を行ない、その結果を調べることの必要性を示しています。

 競技用の魚は遺伝子工学利用拡大の一例でしょう。過去の日本の世論調査でも、ある種の遺伝子工学利用の拡大に反対する声がありました(Joyce 1988)。「寿命を100歳以上にする研究」を支持する日本人はたったの20%ですが、アメリカ人では70%です。「気候を変える研究」を支持する日本人では1/3ですが、アメリカ人では2/3でした。また「新しい形の生命体の生産の禁止」は日本人の2/3が賛成、アメリカ人では42%でした。このことが即、日本人はアメリカ人より自然をそのままにしておくことを重んじるとはいえないでしょうが、今後の調査が待たれる分野です。

 この質問に関連して、人はどのくらい環境を重んじ、また何のためにそうするのかという問題があります。1991年6月の世論調査(N=2321, 総理府広報室 1991b)では、緑にどのような効果を期待するかを質問し、1983年6月の結果と比較しました。「うるおいを与え、見る人の心を和ませる」が74%、「小鳥や小動物の生息の場を提供する」が48%(1983年は28%)、「身近に木陰を作り出し休憩、休息等の安らぎの場所を提供する」が43%(1983年は29%)、「山崩れや洪水等の災害を防止する」が38% (1983年は30%)、「建築物や道路等の施設の周辺の景色を整える」が21%(1983年は17%)、「きのこや山菜等を生産する」9%(1983年は6%)、「木材を生産する」が9% (1983年は9%)でした。これらの結果から、自然の生態系、動物の生息に関心が集まり、森林の価値は驚くほど低くなっていることがわかります。熱帯地域からの木材の大量輸入とそれに付随した森林破壊を考えると、木材供給源としての自然の意識は日本では高くてしかるべきですが、人々は自分達が間接的に引き起こしている森林破壊に気付いていないのかも知れません。同じ調査で、自然が消えていくことを心配していると答えた人に、不満の理由を聞いたところ(N=603)、51%が「大規模な施設が整備されたり、宅地が造成されたため、みどりが少なくなった」と答え、41%が「身近なところにみどりがない(少ない)」、35%が「みどりはあっても人工的すぎて親しみがもてない」、25%が「草花や樹木などのみどりの種類が少なく、見た目が単調である」としています。日本人は生態系上の理由に加え、様々な理由から緑を求めていることがわかります。これは生態系の破壊と自然に手を加えることのリスクについて取り上げた問7bと問7dの結果と一致します。不満だとした人の35%が人工的な緑、25%が単調だからとしたのも、興味深いことです。都市環境の中には、多くの樹木が植えられているところもありますが、それでも多くの人は「人工的」な自然よりも「本物」を好むのです。将来遺伝子工学により観賞用植物や樹木ができた時、こうした人々は拒否反応を示すかも知れません。しかし多くの人は美しい観賞用植物を好みますし、問7cで植物の遺伝子操作の利点として挙げた人もいました。

 問16fでも農薬の代替物として遺伝子工学を使用することを取り上げました。一般市民の49%が、日本の農業の農薬依存度を低くするために遺伝子操作を施した動植物は有益だと答え、教師の49%と科学者の56%も同意しています(表4-9、図4-9)。また企業で働く科学者の71%もこれに賛成しています。そして科学者と一般市民の7%、教師の13%が反対しているに過ぎません。農業での遺伝子工学の発展を求めるこの発言は一大争点であり、この結果から多くの人々が発展を支持していることがわかります。しかしながら、一般市民の43%は意見が定まっていません。

 害虫に強い植物を導入する際、害虫を選んで殺す植物遺伝子を植物に導入するのに遺伝子工学が使われます。様々な植物種での研究が成功しており、特にバクテリアBacillus thuriengensisの殺虫作用のあるタンパク質をコード化した遺伝子を導入することに成功しています。このタンパク質は特定の虫を選んで殺し、他の虫は生かします。化学殺虫剤を使うと全ての虫が死んでしまうため、こちらの方法の方がメリットがあり、またこのタンパク質は他の動物には無害なので薬品を使うよりもずっと安全です。このバクテリアは、ある種の虫を殺すために既に何十年にもわたって使われていますが、遺伝子工学なら遺伝子を植物に導入することができるため、作物にタンパク質を散布する必要がありません。また、この遺伝子が植物に含まれる場合は、タンパク質は常に作られるかも知れないので(あるいは害虫への耐性が必要となった時に作られるかも知れません)この植物は常に害虫への耐性があります。全ての農薬同様、害虫はタンパク質に耐性を持つようになり、また既に耐性を持ってしまったものもある(Gibbons 1991)ため、適切な農業管理計画が求められます。このバイオ化学殺虫剤の研究を推薦しその使用をモニターするために、アメリカでは独立の国立諮問委員会が設立されるかもしれません。農民は何種類かの化学殺虫剤に依存し、害虫を殺すタンパク質の遺伝子なしに植物を育てなくてはならないのですが、これは害虫がタンパク質に抵抗力を持つ割合を低くします(Anderson 1992a)。病虫害の生物防除や遺伝子工学の使用には様々なアプローチの方法がありますが詳しくはMacer (1990)をご参照ください。

 12,800人を対象に行なった1991年のヨーロッパの調査(MacKenzie 1991)では、リストに挙げた遺伝子工学の応用例を支持するかを質問しています。家畜を病気に強く、また早く育てる研究は50%以上の人が支持しました。「寿命を延ばす薬や人間の病気」の研究開発のために動物を使用することはそれよりも少なく1/3の人が支持しましたが、20%の人は道徳的に間違っていると答えています。研究は動物の苦しみを正当化するだけの価値があるとした人はわずか13%に過ぎません。油膜を「食べる」バクテリアの使用は95%が賛成していますが、58%の人が危険だと考えています。また飲食物の品質向上の研究には65%が賛成ですが、72%の人は危険だと答えました。

 アメリカのOTAの世論調査(1987)同様、日本人も遺伝子工学一般よりもその特定の応用例を支持する傾向があります。これは研究者をむやみに支持したり信用しているというよりは、行動には理由を知る必要があることの現われでしょう。この判断には勇気づけられますが、人の意見は様々な要因の影響を受けます。それでもなお、研究者が遺伝子操作生物のテストを計画する場合、目的を説明すれば一般には支持が増えるでしょう。正直な情報の結果一般市民の支持が減るとしたら、そのようなテストは果たして行なう価値があるのでしょうか。人間や環境へのリスクが無視できる程度なら、病気に強い植物は利益があり開発の価値があると人々は既に考えているのです。一般市民に支持されたもう一つの分野は遺伝子工学で作られたワクチンの頒布です。この成功例としてはベルギーで1989年以来キツネに免疫を与えるため使われる狂犬病ワクチンの頒布があります(Brochier et al. 1991)。


表4-9:遺伝子操作生物の応用例への態度

図4-8:遺伝子操作生物の野外放出への態度

図4-9:遺伝子工学の農業への応用における環境的利益の認識(問16f)


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