遺伝子組み替え食品と企業

Genetically Modified Foods and Companies

山下 亨 Toru Yamashita
東京都立東村山高校 Higashimurayama High School, Tokyo
Email < ANB69293@nifty.com >.

pp.87-91 in 日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年。
[要旨]

1996年に日本の厚生省が遺伝子組み替え(GM)食品を認可したため,大豆,トウモロコシなどのGM食品が輸入されるようになった。一方,GM食品の安全性に疑問を投げかげる実験結果が公表されたことで,日本や欧州連合の消費者団体から,GM食品の表示義務づけを求める声が強まり,日本・EU諸国は表示義務づけの方向へ動きだした。アメリカ政府は輸入制限に当たるとして争う構えを見せている。

キーワード: GM食品  除草剤耐性  害虫抵抗性  実質的同等


1.主な遺伝子組み替え食品

1994年5月,アメリカ食品医薬品局(FDA)は遺伝子組み替えトマトである「フレーバー・セーバー」を認可した。これはカルジーン社が開発した,日持ちのするトマトである。トマトは実を柔らかくする酵素を持っているために,日持ちがしない。そこで遺伝子のはたらきを抑え,その酵素が働かないようにしたのである。この組み替えトマトに対しては,アメリカのコックや消費者団体が反対運動を始めたが,1995年よりアメリカ国内でGM食品が販売されるようになった。FDAは販売に際して表示を義務づけなかったが,以下の場合は表示の必要性を検討するとしている。

 第一に,従来のものと構成部分が実質的に変わる場合,第二に,導入される遺伝子がアレルギーを起こすものに由来する場合,そして第三に,導入される遺伝子が宗教上の問題のある動物に由来する場合である。それ以外については一般的に,表示を義務づけなかった。なお,1997年,成人アメリカ人1004名を対象にNGO「国際食品情報協会」が行ったアンケート調査では,57%がGM食品すべてに表示すべきだと回答している。日本では1996年に厚生省が以下のGM食品を食品としての安全性を確認済みとして初認可した。 ダイズ(除草剤耐性,開発国アメリカ),ナタネ(除草剤耐性,アメリカ,カナダ,ベルギー),トウモロコシ(害虫抵抗性,アメリカ),ジャガイモ(害虫抵抗性,アメリカ)

 そして1997年には以下を認可した。

ナタネ(除草剤耐性,ベルギー,ドイツ),トウモロコシ(害虫抵抗性,アメリカ),トウモロコシ(除草剤耐性,ドイツ),ジャガイモ(害虫抵抗性,アメリカ)綿(害虫抵抗性,アメリカ)

このほかに国内農場で以下が栽培実験中である。

イネ(低アレルギン性),イネ(ウイルス抵抗性),メロン(ウイルス抵抗性),トマト(ウイルス抵抗性),トマト(長持ちさせる)

2.厚生省認可済み食品の開発目的

共にアメリカの農薬メーカー,モンサント社が開発している。

(1)除草剤耐性・・・・特定の除草剤に強い性格をもたせた食物。導入された遺伝子はアグロバクテリウムアグロバクテリウム(土中の微生物)のもの。使用される除草剤は有機リン系で,植物を無差別に枯死させる。目的とする作物にだけ,この除草剤に強い性質を持たせることで,1種類の除草剤を散布すれば,作物を残して全て枯死させることができ,大幅なコストダウン,省力化が可能になる。

(2)害虫抵抗性・・・・微生物の殺虫成分をつくる遺伝子を細胞の中に入れ,そのバクテリアの虫を殺す物質を作物の中で作らせるようにしたもの。殺虫剤を使わなくて済むため,省力化,コストダウンを図れる。

なおモンサント社は現在,除草剤耐性と害虫抵抗性を組み合わせた作物を開発中である。使われる除草剤は,そのモンサント社の農薬なので,種子と除草剤をセットで販売することができる。

3.GM食品の主要メーカー

欧米ではモンサント社(米),ヘキスト・シェリング・アグレボ社(独),チバガイギー社(スイス)。

日本では三井東圧化学,植物工学研究所,日本たばこ,キリンビール,サントリー,カゴメ等がある。

このうちGM食品分野のトップ企業であるモンサント社の動向は以下の通りである。

*組み替え関連技術の基本特許獲得に走る。(企業を買収)

*種子販売ルートを獲得する。

・ジェカルブ・ジェネンテック社と資本提携・・・世界第二の種子販売会社である。

*自社の農薬以外使えない遺伝子組み替え作物を開発。先にも述べたが,こうすることで農薬とセットで売り込むとができる。

*日本への販売戦略日本はダイズ自給率2%,ナタネの自給率0.1%にすぎず,大半を北米から輸入している。そこでモンサント社は,96年秋収穫のGM大豆・ナタネの対日輸出を希望した。そのためには96年春の作付けが必要なので,96年春までに安全性評価指針を作るよう,日本政府にアメリカ・カナダ政府と共に圧力をかけた。

*日本の消費者運動対策

 1995年夏,消費者団体幹部・学者をアメリカに招待した。そして,PR誌・ビデオを作成し,「遺伝子組み替え食品は安全」キャンペーンを電通バーソン・マーステラ社と提携して行った。

4.日本政府の動向

日本では厚生省が食品としての安全性評価指針を,農水省が飼料としての安全性評価指針をつくることになっている。1995年2月4日,「バイオテクノロジー応用食品等の安全性評価に関する研究報告書」がバイオテクノロジー応用食品等の安全性評価に関する研究班(班長:大谷明・元国立予防衛生研究所長)が出されたが,その内容はモンサント社,米・加政府の意向に沿う内容であった。

この報告書はOECDの「実質的同等」原則に基づく内容になっていた。実質的同等とは,同じ作物がある場合は,その作物と実質的に同じと考えられれば,安全性評価は特に必要ない,という論理である。例えば,遺伝子組み替えトマトも通常のトマトと実質的に同じと考えられれば,特別な安全性評価は不要であるとするのである。この論理に従えば,既存の作物があるものは全て評価不要ということになりかねない。

1995年10月20日, 遺伝子組み替え食品の指針改定案が厚生省・食品衛生調査会バイオテクノロジー部会が出された。これは極めて緩やかな指針であったが,1996年1月31日,食品衛生調査会,指針案を了承し,厚生大臣に答申した。そして96年2月5日,運用が開始され,日本にGM食品が輸入され始めた。

5.アメリカの知的所有権法の特徴

アメリカ企業がGM食品開発の中心になっているのは,アメリカ政府が政策的に遺伝子組み替え技術開発を推進してきた経緯がある。アメリカ政府はアメリカ企業による開発を支援するために,特許に関して国際的に稀な特徴をもつ知的所有権法を制定している。

その特徴の第一は,特許の保護対象が植物と,場合によっては動物にまで及ぶことである。1980年,アメリカ連邦最高裁は遺伝子組み替えバクテリアを特許として認める判決を出した。日,英,独,仏,スイスは植物,動物への特許を認めていない。

第二は,発見を特許の対象にしていることである。日本では,発見は特許の対象外であるのに対し,アメリカでは染色体の中にある特定遺伝子の発見でも特許取得ができる。

こうした結果,1998年3月現在,約8000種が特許登録されている。

6.遺伝子組み替え食物の持つ危険性

最近,GM食物の危険性を示唆する実験例が発表されている。

(1)遺伝子組み替え作物と野生ウイルスとが遺伝子組み替えを起こし,新種ウイルスを発生した。ミシガン州立大アン・E・グリーン,リチャード・F・アリスンが,ササゲ退緑斑紋ウイルスを使用した実験で。(「サイエンス」1994.3.11 号)

(2)除草剤耐性の組み替え作物が,除草剤をかけても枯れない雑草を生み出した。

デンマーク国立リソ研究所リッケ・バッゲル・ヨーゲンセン,トーマス・R・ミッケルセンベンテ・アンデルセンが,除草剤耐性ナタネを近縁種の雑草ブラシカ・キャンペストリスと共に育てた実験で。(「ネイチャー」1996.3.7号)

(3)ブラジルナッツの遺伝子を組み込んだダイズで,ブラジルナッツのアレルギーがある被験者が,アレルギーを起こした。

ネブラスカ大 ジュリー・ノードレーほかによる実験で。(「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」1996.3.14)なお,この結果を受けて,この食品開発は断念された。

(4)遺伝子組み替えトウモロコシの花粉を食べた蝶の幼虫が4日間で44%死亡した。米国コーネル大学の研究チームが行った実験で。この米パイオニア・ハイブリッド・インターナショナル社のトウモロコシには,害虫を殺すBt毒素を産出する遺伝子が組み込まれている。Bt毒素は標的害虫以外には影響を与えないと言われていたが,害虫ではない蝶を死に追いやった。*2

7.現在の日本・農水省の動向

 1998年8月,農水省より二案が提示された。第一は,企業に遺伝子組み替え食品の表示を義務づける案。第二は,任意表示にする案である。

その後,98年10月まで,消費者の意見を募集した。「朝日新聞」(1998.11.18)の報道によれば,その結果は以下の通りである。

総数 10838通 うち個人が10309通

個人からのうち

「組み替えられたDNAまたはタンパク質が含まれる可能性がある食品に表示を義務づける」案を支持 33%
「DNA,タンパク質が取り除かれている場合も義務表示にする」条件で表示義務化案を支持  20%
「何らかの形で表示義務化」をという意見 19%

個人からのうち,遺伝子組み替え食品の安全性について

「長期的影響が十分検証されておらず,不安」 33%
「安全性が確認又は立証されるまで禁止すべきだ」22%

1998年11月,食品表示問題懇談会・遺伝子組み替え食品部会で最終的検討が始まった。そして,1999年8月10日,同部会はGM食品の最終的表示案をまとめた。その内容は上の記事に示された通りである(「朝日新聞」1999年8月11日)。

8.欧州連合とアメリカの動向

EUは1998年5月,GM食品の表示を義務づけた。その結果,アメリカ,カナダのEU向け輸出は急減している。アメリカ通商代表部は,この事態を受けて,98年10月,GM作物・食品の表示を非関税障壁であるとして世界貿易機関にクレームを提出した。

一方,ノバルティス社は,従来混合して収穫してきたトウモロコシを,99年秋より分別して行く方針を決めている。これはヨーロッパがGMトウモロコシの飼料の不買を決めたためである。アメリカの農家が混合して収穫してきた理由は,たとえばトウモロコシの場合,分別することで倉庫に1〜2%のデット・スペースが生まれると数万ドルのコスト増につ

ながるからである。また,GM食品かどうかの判定には1検体あたり2日必要なため,これも流通コスト増につながり,実際に分別が行われるかは不明である。

9.終わりに

GM食品の問題は,表示問題のほかにも,先進国企業によって世界の農業が支配される危惧を生んでいる。また,日本でもすでに,非GM食品が割高になっている傾向があるように,国内的にも,国際的にも,低所得者がGM食品を購入せざるを得なくなるという新たな南北問題を引き起こしかねない。表示さえすれば解決する問題ではない。多面的な角度からGM食品に関する議論を行うべきである。


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日本における高校での生命倫理教育、メイサー ダリル(編)、ユウバイオス倫理研究会 2000年
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