9.結論と提言

pp. 148-152 in 遺伝子工学の日本における受けとめ方とその国際比較,ダリル・メイサー (Eubios Ethics Institute, 1992).

Copyright 1992, Darryl R. J. Macer.

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9.1.諸注意

 本書の前書きにも述べたように、本書では今回の調査で得られたのいろいろな結果について述べてきました。この結果の使い道はいろいろあるでしょう。本書はそれを全体として読んでいただきたいと思います。そして調査結果を内容から切り離して引用することは避けてください。これらの結果の中には、特に日本に関連したものだけでなく、国を越えて当てはまるものも数多くあります。この中には遺伝子工学を研究する科学者にとって良い「ニュース」もあれば、悪いものもあります。特定の政府の機関や各委員会に向けた提言もあれば、一般的なものもあります。はじめにお願いしたように、調査結果の良識ある使用を望んでいます。これらの結果、批評、提言がすべての人々に前向きに建設的に受けとめられ、ここに取り上げた問題がより広く、オープンに討論されるための刺激剤となるよう願っています。

 これから述べる結論は、本書に記載した世論調査、国際比較、そして諸問題に関する様々な国の人々との討論に基づいたものです。程度や形の違いはあっても、すべての人が遺伝子工学、遺伝技術、バイオテクノロジーの恩恵を受けられることを希望しています。(なお英文のみですが、表と図の一覧そして事項索引があり、ページを簡単に引けるようになっています。)


9.2.結論

 結論は4つの節に分けて以下に要約してあります。鍵となる結論は太字になっています。その後に説明文やデータの出典、そして短い注が続いています。

一般市民と科学
多くの工業国の一般市民は科学や技術の発展について関心を持っています。日本の一般市民の関心は比較的高く(図3-1)特定の科学技術の発展に高い認識度を示しています(図3-2)。

日本の人々の多くは、生物学的科学技術の発展に伴う利益とリスクの両方を認識しています(表3-3、図3-6)。生命に係わる技術は、生物とは直接関係のないものと同じように価値があると受けとめられています。しかし「いのち」に直接影響を及ぼす技術の方が直接的影響のない物理科学的発達よりもそのリスクを懸念されています。これは国際的にも同様で、遺伝子工学は利益とリスク両方の入り交じった感情を呼び起こしています。

全体的に工業国の人々の多くは、科学は害悪よりも利益をもたらすと考え(表3-4)、生活の質の向上は科学知識に依存していると信じています(表3-5, 図3-7)。

多くの人が政府は科学にもっと資金を出すべきだと考えています。しかし日本人は科学者、特に企業による安全性に関する発言に不信の念を持っていて、一般市民の安全を守るため、科学はもっと規制されるべきだとも考えています。これはニュージーランドや他のいくつかの国の人々と同じです。日本の科学技術政策に関する決定は一般市民から隠すべきではないという点で、意見が一致しています(表8-3、図8-1)。またバイオテクノロジーは政府と企業によって規制し、一般市民と第三者もそれに参加すべきだとほとんどの人が考えています。

遺伝子操作

植物の遺伝子操作は容認できるという点で広く意見が一致しています(表4-2)。遺伝子操作を使って作った病気や霜に耐性のある植物の野外放出も、環境へのリスクが微小な場合に限り、受け入れられるとしています(表4-9)。

微生物の遺伝子操作や、遺伝子操作を施して作った油汚染除去用細菌の野外放出も、環境へのリスクが最小であることを条件に広く支持されています(表4-2、4-9)。

植物と微生物の遺伝子操作は多大な利益を、とりわけ農業と医療の分野にもたらすと多くの人が信じています(表4-5、4-6)。

微生物に比べると植物の遺伝子操作に対しては懸念が少ないのですが、動物の遺伝子操作への不安は大きく、人間の細胞が関係すると不安は最も強くなります(表4-2、4-5, 図4-1, 4-3)。ニュージーランドに比べ日本の方が不安が大きくなっています。

日本の科学者は一般市民に比べると人間の細胞や動物の遺伝子操作にはそれほど懸念を持っていませんが、植物や微生物の遺伝子操作では懸念度は同じでした。科学者は全ての生物における遺伝子操作に一般市民よりも利益を認めています。高校の生物の教師は一般市民に比べ著しく余計に遺伝子操作にリスクと利益の両方を認めています。

どのグループの回答者も遺伝子操作を受け入れる理由(表4-3)、そして彼らが認識している利益(表4-6)とリスク(表4-7)、また遺伝子操作生物から作られた食品の消費に関する懸念(表6-3)について種々様々な例を挙げました。

遺伝子操作を施した生物で作られた生産物の消費に関しては、ニュージーランドよりも日本で不安が大きくなっています。両国とも遺伝子操作生物から作られた野菜よりも、乳製品と肉類の消費に不安を持っています(表6-1、図6-1)。

医療遺伝学

日本では全般的に、国民健康保険のもとで深刻な病気の遺伝子スクリーニングを行なうことが強く支持されています。胎児期の遺伝子スクリーニングに健保を適用することも多くの人が支持しています(表7-1)。

大多数の人が深刻な病気の胎児期の遺伝子スクリーニング、あるいは致命的な病気の発病前の遺伝子スクリーニングを個人的に受けると答えています(表7-1, 図7-1)。日本人の方がアメリカ人よりも遺伝子スクリーニングの使用に反対ではありません。

日本人の多くは深刻な病気の遺伝子治療を受けると答え、子供に遺伝子治療を受けさせることに関してはさらに積極的です(表7-2)。

特許政策

一般市民は人間の遺伝物質に特許を与えることに反対しています。動植物の遺伝物質、また動植物の新品種に特許を与えることに関しても、多くの人が反対しています(表5-1)。バイオテクノロジーの特許政策は異論の多い分野であり、一般市民の意見を調べた上でそれを政策に反映させるべきでしょう。

生命倫理

一般市民、学生、高校の生物の教師、科学者、学術関係者全体の意見は多くの質問で類似しており、またその理由も似通っていました。ニュージーランドで行なわれた調査の結果よりも、日本の上記のグループの視点は均一のようです。遺伝子工学に関する意見では、教育による違いは日本の場合アメリカほど顕著ではありませんでした。

動物の権利の問題と動物の遺伝子操作に関する倫理問題について、日本ではニュージーランドに比べかなり関心が薄いようです。

遺伝子工学関連の倫理的、社会的、環境上の問題の討論を学校と大学教育課程に含めることに関しては、強い支持が表明されています(表8-6)。これらの討論では代替技術や異なるアプローチをも議論するべきでしょう。ニュージーランドに比べると日本の高校では遺伝子工学に関連する社会的、倫理的そして環境上の問題が議論されることはずっと少ないようです(図8-4)。


9.3.提言

1) 日本の一般市民は科学技術全般に対して高い認識を持っています。バイオテクノロジーへの認識も非常に高く、遺伝子工学に関しても充分高いのですから、科学研究の説明を理解できるはずです。ほとんどの人は情報をマスコミ、とりわけ新聞とテレビから得ています。マスコミは科学を人々に伝える大きな責任があり、科学者もまた科学情報を人々に伝えなくてはなりません。マスコミは代替技術の利点とリスクに関してバランスのとれた情報を、商業的利害から独立して伝える責任があります。

2) 科学者は一般市民を意思決定に加えることでより多くの支持を得ることができるでしょう。一般市民は、科学者による安全性に関する発言に強い不信感を持っており、それが商業的決定にかかわるときは特にそうです。高校の生物の教師と政府機関に勤める科学者はさらに懐疑的です。研究全般よりも遺伝子工学の個々の応用に対する支持の方が高く、一般市民は詳細がわかればテクノロジーの有益な活用をより支持することを示しています。

3) 多くの質問で、一般市民、高校の生物の教師、学術関係者は似たような回答をしています。しかしながら日本の一般市民は、科学政策を立案し、科学の活用を規制する委員会にもっと係わるべきです。それには一般市民がそのことにもっと積極的になり、また科学者と官僚は第三者と一般市民の委員会への参加を認める必要があります。バイオテクノロジーと遺伝子工学規制に関する委員会は、一般市民にもオープンでなければなりません。このようなオープンな意思決定は一般市民の支持を得、規制組織に対する信頼を強めるでしょう。このアプローチは、バイオテクノロジー支持の「宣伝」と思われかねない広告キャンペーンにお金を使う現在のアプローチよりも、一般市民の支持を得るのには有効ではないでしょうか。多くの人は既にバイオテクノロジーの利益を認識してはいますが、隠蔽された意思決定には不安を持ち続けるでしょう。

4) 意思決定と安全性に関する発言への不信感がどのグループでも強いことを考えれば、一般市民を母体としたグループをもっと作り、こうした関係団体を一つの全国フォーラムに統合してその声を大きくすべきです。日本には他の多くの工業国のように政府と産業界の決定に異論をはさむ機能をはたす独立した全国組織がありません。環境を守り、農業、食品、医薬品へのバイオテクノロジーの応用を独自にモニターする統一組織を結成するために、一般市民はもっと積極的になるべきです。

5) 医療遺伝工学を遺伝子スクリーニング(遺伝子治療を含む)に使用するとか、遺伝子操作を施した生物の農業目的の野外放出といった遺伝子工学の分野では、日本はその応用が非常にゆっくりです。国際的に認められた倫理と安全基準を適用することを条件に、日本の人々にも医薬品や農業分野で新しいテクノロジーを使う道が与えられるべきなのです。倫理的、社会的考え方の一般的パターンを変えるためには新しいテクノロジーを導入することが必要かも知れません。例えば遺伝子スクリーニングに関連して遺伝子相談を取り入れることで、インフォームド コンセントの概念を臨床の場へ導入することを早めることができるかも知れません。

6) 自由回答をお願いした質問(問7、問8)では、日本とニュージーランドは異なった国にもかかわらず、人々が非常に類似した考え方をしていることがわかりました。この種の調査は、すべての人の考え方を理解するために、とりわけ発展途上国で行なう必要があります。様々な国の人々が同じ期待と不安を共有しているということがわかるかも知れません。その場合、国際的な基準を設ける必要性はますます高まることでしょう。

7) 自然、動植物の品種、そして私達人間に手を加えることがどこまで認められるかを知るために、人々の自然に対する考え方も調べる必要があります。現代では新しい科学はすべて簡単に広まるため、科学者は世界中の人に対して責任があるのです。「一般のモラル」に反するテクノロジーの応用が将来必ず出てくるでしょうが、何が容認できるかについてはまだほとんど研究されていません。個々の生物の性質を大幅に変える、あるいは生態系や人間社会に不可逆的な変化をもたらす前に、人々がどこまで許されると考えているかを知る必要があります。

 農業の領域である自然から陸地や海洋の自然を自然保有地または公園として区別することは肝要です。しかしこれらの地域を物理的に分ける一方、悪用できる所そして保護する所として心理的に区別すべきではありません。これは、維持可能な環境保護と動物の権利に関しても同じことです。

8) 国際的にバイオテクノロジーの特許政策の分野は、一般市民の意見と公正の原則に照らして考えるべきです。共有の遺伝的資源は一個人もしくは一企業が所有すべきではありません。同時に研究の発展を促し、その結果をさらなる科学的研究に速やかにつなげるために、バイオテクノロジー関連の技術応用の特許の保護が必要でしょう。

9) 世界中の人が保護を受けられるように、またいかなる国も新技術の応用の実験台になることのないよう、食品の安全と環境に関する国際基準の開発が急がれます。科学的進歩のみならず社会的進歩を享受するには、人権をより尊重する必要があります。全ての人は新しいテクノロジーの利益と、その開発のリスクを等しく分かち合うべきです。

10) 日本では生命倫理の論議はようやく始まったばかりで、まだあまり学際的に発達していません。科学者は彼らの研究の社会的、倫理的インパクトについて学びそれに責任を持たなくてはなりません。彼らは一般市民を含む学際的な討論に参加すべきです。環境と医療倫理が論じられはじめた一方、動物の権利といった他のいくつかの問題はまだ知られていないままです。倫理的には、他の工業国では既に行なわれたように日本でも実験での動物使用に対する厳しい規制を導入するガイドラインを作ることが早急に必要です。しかし全ての領域において法律はモラルの変わりではなく、最低限の基準でしかありません。

11) 様々な国におけるバイオテクノロジーと遺伝子工学の受けとめ方を調べるために本書で述べたアプローチを繰り返し追求、発展させていってほしいと思います。テクノロジーのインパクトを認識することは単に利益やリスクを認識することよりはずっと複雑ですし、またそうあるべきです。人間の自主性、公正そして環境を尊重しながら、また商業広告と色々な質や説得を試みようとするのメディアの絶え間ない影響のもとで、代替技術の利益とリスクのバランスを取ることができるかどうかは社会的、生命倫理的(という言葉を使うことができれば)な意味での社会の成熟度を示す重要な指標かもしれません。


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