生活とバイオを考える会クローニングに関する声明文

A. 序文

  1. 私達は生活とバイオテクノロジーについて論議するために集まった一般市民のグループです。参加者は,雇用主を代表したり専門家として発言するのではなく,個人として意見を述べ,各々広い範囲の職種と経験を持っていますが、一つのグループとして、環境、倫理そして社会学的な観点から勉強し、上記の観点がバイオテクノロジーにどのように関わってくるか、一人ひとりの科学的知識と体験をもとに討論を行っています。この声明文は、これまでに4回行われたクローン技術にまつわる問題点の討議内容をまとめると共に、グループコンセンサスとして私達の考えを広く知ってもらうために作成されました。
  2. 自然界にすでに存在するクローンを生物学的に定義すると次のようになります;ある生物から無性生殖によって作成された細胞群もしくは生物、つまり作成もとの生物と同じ遺伝情報を持つ細胞や組織、生物である。この現象はバクテリアなどの単細胞生物においてはごくあたりまえに起こることです。私達の生活においてごく普通に見られる例として、一卵性の双子や三つ子は、お互いのクローンであると言えます。
  3. 植物の栽培においてクローンは長い間行われてきました。挿し木は最も一般的な植物のクローニングで、特定の野菜などにおいてもクローニング技術が用いられています。この方法は人の手を必要としますが、自然界におけるクローニングに非常に良く似た手法であると言えます。
  4. 2つの技術の開発によって、現在では動物のクローニングが可能となっています。ひとつは胚分割法(embryo splitting)で、哺乳類においては最初の4_8細胞期にそれぞれを分割することで、新しい胚を作り出すことが出来ます。もう一つは核移植法で、核を取り除いた卵に体細胞由来の核を移植することで、新しい胚を作り出すことが出来ます。どちらの方法も人為的操作を必要とし、自然界では起こりません。
  5. 体細胞に由来する胚性幹細胞(embryonic stem (ES) cell lines)の作成は、クローン技術と遺伝子工学に新しい可能性を開きました。このES細胞の核を、核を取り除いた受精卵に移植することで新しい胚を作り出すことが出来ます。この方法もまた、人為的操作を必要とします。
  6. B. クローン規制

  7. 1997年、大人の羊の体細胞核移植による初の哺乳類クローンであるドリーの出現により、人のクローニングを禁止する様々な国際規制案が作成されました。「ヒトゲノムと人権に関する国際宣言の条項第11号」にはこう記されています“ヒトの尊厳に反するような行い、例えばヒトのクローニング等は許されるべきではない”。この国際宣言は1997年にUNESCOの加盟国すべてが認め、1998年には国連加盟国全てが認めました。バイオ薬品と人権に関する欧州評議会の代表者会議は、人のクローニングを禁止しました。HUGO倫理委員会は「クローニングに関する声明文」において核を取り除かれた細胞への体細胞核移植に反対する姿勢を示しています。
  8. ニュージーランドとイスラエルを含むいくつかの国々においては、すでに人のクローン化は禁止されています。日本では科学技術会議のクローン小委員会が1999年11月にヒト・クローニングの禁止が望ましいとする法案を発表しました。「ヒト・クローン技術規制法案」は閣議決定の後、2000年の4月13日に通常国会に提出されました。この法案の最終目的は、クローン胚、ハイブリッド胚そしてキメラ胚を子宮に戻す実験を禁止することによって、ヒト・クローンそのものを禁止することでした。この法案は可決された場合にはイスラエルの法律と同様に、5年以内に改正を検討される予定でしたが、再生技術の他の問題点にも触れるべきとする意見から否決されました。
  9. C. 植物のクローニング

  10. 上記のとおり、植物の無性交配は長い歴史の間行われており、それに異論を唱えるものはいません。一般的に挿し木や球根の栽培はこれに含まれており、日本での代表的な例としては食用のじゃがいも、さつまいも、トマト、アスパラガス、米、イチゴ、メロンなどが挙げられ、鑑賞用植物では百合やチューリップ、蘭や菊などが挙げられます。これらの植物のクローニングを私達はすでに認可していると言って良いでしょう。
  11. D. 動物のクローニング

  12. 動物クローンの個々の使用法に付いては下に記すとおりです。ここで考慮すべきは、このほかの動物を扱う実験や家畜の交配同様、動物に不要な苦痛が与えられていないか、という点です。クローニング実験の理由は全て明白にされるべきであり、その過程は倫理的審査を受けるべきです。
  13. 動物クローニングの一つの目的は内存因子間を改良することによって、例えばより良い品質の肉や羊毛の作成や、成熟期感の短縮をはかることです。日本人が好む「霜降り牛」は、内存因子を引き出す良い例ではないでしょうか。クローン技術を用いることによって、確実に同じ遺伝情報(この場合霜降り形質)を持った動物を作成することが可能になります。この方法を広く一般的に用いる前に、クローン動物の特質が安定であるか、動物が苦しんでいないかを確かめる必要があります。家畜の大量クローニングに反対する意見の一つとして、遺伝情報の画一化があげられます。この一方で、二十世紀を通じて植物や動物の多様性が失われてきた現実を考えると、人の目からみて魅力的でない形質を持った動物種の人為的淘汰が進むことは十分に考えられます。
  14. 動物クローニングのもう一つの目的としては、遺伝子工学を用いて動物の体内で有益な物質をつくり出すバイオリアクターを確実に産出することです。しかし、クローン技術そのものは組み換えられた遺伝子の確実なコピーをつくり出すのみです。この一例としては、薬効タンパクを羊のミルクに作らせるという試みです。
  15. 移植用臓器をブタの体内で作成する例が発表されています。ここでも、人間への移植に対応する「人間向きの臓器」作成のために遺伝子工学が必要となってきます。人間への移植用の臓器を他の動物の体内でつくり出すという議題は、グループ内でもっとも関心の高かったものの一つです。ここで取り上げられたのは、そもそも動物の体内で移植用の臓器をつくり出すことは倫理的であるのかという点です。ひとたび移植を必要とする患者があらわれた時には、これらの動物の死が決定するのです。体の大きさや内臓系統、生化学的な理由に加えて、食用としての長い歴史を持つブタが、移植用臓器作成に最も適しているとされています。類人猿など人に近い動物を移植用臓器が目的で殺すことは、社会的に受け入れられがたいという声もあがりました。
  16. 生物多様性の保全にも、クローン技術を応用することができます。絶滅が危惧される動物の数を、増やすことができるからです。しかしこの方法は、現存する絶滅危惧種を個体の遺伝子のバリエーションを考慮せずに助ける一時的な手段であり、それら生物の生存環境の保全や乱獲の禁止など、他方面からのアプローチを忘れるべきではありません。
  17. E. ヒトのクローニング

  18. ヒトのクローニングは、日本も支持している「ヒトゲノムと人権に関する国際宣言の条項第11号」に反します。クローニングが生殖補助技術として安全であることが確認されれば、精子提供を希望しない不妊のカップルが遺伝的につながりのある子供を持つための解決策となるかもしれません。この件について倫理的であるか否かの意見はグループ内でも様々でした。
  19. 近い将来試験管内での移植用臓器の作成が可能になる日が来るかもしれません。この可能性は、現在重度の内臓疾患を抱える多くの人にとっての朗報と言えるでしょう。すでに、人工皮膚移植が可能であることが発表されています。ここで重要なのは移植を受ける側へのインフォームドコンセントです。また、細胞提供者が需要者と異なる場合には、双方の同意が必要となるでしょう。
  20. ES細胞研究や組織発生に使用される可能性のある細胞を保持することに対する懐疑的な声があがっています。国際基準に従って、サンプルの回収の前には使用方法を、知的所有権や残った材料の廃棄方法と共に明確にする必要があります。
  21. 技術の進歩が続けば、出生と同時に一人のクローン人間(体全体のスペア)を作成する事も可能になるでしょう。クローンであれ、一人の人間をこのように扱う事は生命の尊厳を傷つけるため、倫理的ではないと考えられます。
  22. F. 生命の尊厳

  23. 社会は今、様々な疑問について考えねばならない局面にさしかかっています。ヒトはいったいどこから人であるといえるのでしょう。古くなった体を健康なスペアと完全に取り替えた後も、その人は同じ人であるといえるのでしょうか。クローンとそのドナーとは核内の遺伝情報的には同じですが、遺伝子発現においてまた核外の遺伝情報には個体差があると推察されます。
  24. 人間の社会的活動に関わり、人生を助ける基本的な倫理規範がいくつかあります。これには自主・自立(autonomy)、公平さ(justice)、危害を加えない事(do no harm)や善行(beneficence)等が含まれます。「人の尊厳」には全ての人が生まれ持つ本質的なものと、社会が各人に与える外来的なものがあり、さらにこの一環として人の多様性も重要であると言えます。クローニングは生まれてくる子供の未来をある程度限定してしまうという点で、人の尊厳に反していると考えられます。
  25. G.開放性と科学的責任

  26. 科学の発展には、開放的で明確なプロセスが不可欠であることをここに強調します。この責任は研究を行っている全ての科学者と、研究の過程に携わる全ての人々が負うべきです。
  27. クローニングに関する教育が学校において取り上げられることが望ましい一方、情報提供の場を学校に限定するべきではありません。家庭や友人同士、職場においてクローンを話題として取り上げると言う意味で、全ての国民に責任があると思われます。
  28. 社会には、病気の者のために新しい薬を開発し、より環境にやさしい農業を促進し、動物への苦痛を最小限に留めるという責任があります。そしてこの過程は、倫理的な規範に反するものであってはならないと思われます。

以下の生活とバイオを考える会メンバーにより2000年7月31日に署名

江藤 隆司 輸入業者

磯和 れん子 プロデューサー

稲垣 かずみ フリー翻訳家

大津 昭浩  ジャーナリスト

大岩 ゆり  政治ジャーナリスト

大谷 いづみ 高校倫理教師

岡田 祥宏  会社員

小野 正恵  小児科医

加藤 牧菜  筑波大学院生

兼安 隆子  マーケティングマネージャー

北原 文代  会社員

小泉 博明  高校社会科教師

白石 直樹  高校生物教師

館沢 佑   会社員

田村 智英子 医療系大学院生

近岡 三喜子 筑波大学生

津坂 一美  会社員

林 聡子   筑波大学院生

前川 史   ユウバイオス倫理研究会

渡辺 邦男  会社員

ダリル・メイサー ユウバイオス倫理研究会


Enquiries to: ダリル メイサー

電話: 0298-53-4662

ファクシミリ: 0298-53-6614

Enquiries to:Darryl Macer, Eubios Ethics Institute, Japan Email:
asianbioethics@yahoo.co.nz


On the Eubios Ethics Institute (English)

Statement on Cloning (English)

Statement on GM Food and GMOs

ユウバイオス倫理研究会 (Japanese)