「学校における生命倫理教育ネットワーク」第21回勉強会報告

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ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授)
〒305 つくば市 筑波大学 生物科学系
生命倫理に関する教育研究グループ
ファックス番号:0298-53-6614


<とき・ところ>
2000年12月9日午後3時〜6時まで
麹町学園女子高校にて

内容:日英の中等科教育における環境教育について

・・・・学習指導要領と教科書の比較を例として・・・・・

埼玉県立南稜高等学校 生物科
坪井 重子

概要
 世界的に重要な関心事の一つは、環境問題である。 英国では、世界に先駆けて1950年代から教育の分野でもこの問題に取り組んでいる。
 日英間では、教育制度はもとより、文化歴史等のちがいは明白である。 しかしながら、このレポートでは、実際に双方の学習指導要領と教科書等の比較検討をする事に絞ってみる。 そして、この中から科学分野での環境教育について、日英の長所短所をできるだけ具体的にのべる事とする。

<参加者>
社会科
井出知綱先生(埼玉県立上尾橘高校)
井上兼生先生(埼玉県立大宮中央高校)
大谷いずみ先生(上越教育大学)
小泉博明先生(麹町学園女子高校)
田中裕己先生(名古屋大学教育学部付属高校)
三浦俊二先生(埼玉県立草加高校)

生物科
加藤美由紀先生(日本女子大付属高校)
小出和重先生(上越教育大学)
白石直樹先生(東京都立足立新田高校)
坪井重子先生(埼玉県立南稜高校)

小山内均先生(上越教育大学)
斎藤三男先生(実践生物教育研究会事務局)
メイサー、ダリル(筑波大学生物科学研究科)
前川史(筑波大学生物研究科学系)
近岡三喜子(筑波大学第2学群生物学類)

勉強会の流れ

オリエンテーション、アイスブレーキング
(15:00〜15:25)

まず、第21回の勉強会のテーマを説明し、埼玉県立南稜高校で生物を教えていらっしゃる、坪井重子先生に発表していただくことや、大まかな流れをお知らせいたしました。そして、今回新しく参加してくださった先生方が数名いらしたので坪井先生の発表の前に、皆さんで簡単な自己紹介を行いました。

坪井重子先生による報告
日英の中等科教育における環境教育について
―学習指導要領を教科書の比較を例として―
(15:25〜16:25)

坪井先生は1995年から1997年の間、イギリスのロンドン大学に留学されていました。今回の勉強会では、先生がそのとき作成された論文等から、いくつかのトッピックスを抜粋して、発表してくださりました。
まず、イギリスの教育システムは、日本よりも遥かに複雑で簡単には説明できないとのことです。日本は戦後、アメリカの影響を受け社会や教育制度等が民主主義化されていったのに対し、イギリスは歴史上、敗戦を経験したことがなく、また地理的にも良い環境で、1度も大きな災害に見舞われたことがないそうです。つまり、古い建築物がいまだに健在している文化でり、古いものに価値を見出す国柄である、という日本とイギリスのカルチャーの違いを日英の教育制度を比較するにあたり、バックグラウンドとして考えなくてはならないとおっしゃっていました。
先生は、最初にあらかじめ配られたプリントから、日本の教育システムについて簡単に説明してくださいました。日本の教育システムは皆さんも御存知だと思いますが、イギリスとは異なり階級制度もありませんので、至ってシンプルなものです。一方でイギリスの教育システムは多岐にわたり、一言では説明できないそうです。一般的に5歳から16歳まで義務教育があり、それ以降はイギリス特有のGCSE、Aレベルの試験を受験してさらに先の教育過程に進学するという形や、職業訓練校に進学する形があるそうです。これらの試験は日本のいわゆるセンター試験とは異なり、椅子取り式の試験ではなく資格試験だそうです。
社会的にも、日本では学歴が階層を作るという認識がありますが、イギリスでは階層が学歴を作り、進学にも影響を及ぼすという認識があるという違いを述べられました。そのためか、義務教育を修了した後に大学に進学して行く割合は2〜3割程度であって、日本のように多くの人が大学進学を目指すという雰囲気はないそうです。
イギリスのコア・サブジェクト(日本での英・数・国に当たる科目)は、英語、数学、科学であり、科学に力を入れてきていることが伺われるそうです。背景として、当時イギリスは先進国のなかでもGNPが18位であり、経済的な危機感から教育レベルを上昇することを目的とした改革が行われているそうです。イギリスでは、戦後の経済の飛躍的発展を遂げた日本の教育制度が研究され、それらについてのイギリスでの資料の一部をプリントで見せてくださいました。それらからは、イギリスの教育は基本的にプロフェッショナルを育成する、天才型教育システムに対し、日本では、ある程度の一般的な教養はみにつけるといった広く浅い教育システムであることが伺えました。どちらが良いのかは分かりませんが、イギリスでは教育過程が進むにつれ、より一層専門的な内容を学習するそうです。その為、学年が上昇するに連れ能力差が大きくなると述べられました。また、コース選択が重要になり、コースを変更しようとするともう一度はじめからやり直さなくてはならない大変さがあるそうです。そして、学校で使用する教科書等は個人が出版したものを各学校の判断に基づいて使用しているそうです。日本でいう文部省認定の指定教科書や学習指導要綱などは存在しないため、イギリスでの中・高等学校の先生方は自分の判断により、教育指導を行うそうです。そこで、先生は日本とイギリスの教科書の比較として理科の教科書内の環境問題に関するページを抜き出してコピーしたものを見せてくださいました。
生命倫理についていえば、イギリスでは主に地理(Geography)の中で取り上げ、クロス教育、グループ教育が充実しているそうです。
最後に、先生は日本の教育にについてかかれてあるイギリスの教育本を紹介してくださいました。先にも述べましたが、イギリスでは、教育の効果=経済とはいいがたいのですが、少なからず経済を意識しているそうです。そのため日本の経済発展は教育制度が関係しているとの認識から日本の教育制度を参考にしようとする動きが見られたそうです。また、イギリスの教師は学習指導要領がない分自由に指導できる反面、責任が大きくなる点を上げられました。そういった背景の中には、日本との文化的な違いがあり、イギリスでは個人主義が浸透していることを理由に挙げられました。

 休憩
(16:25〜16:35)

全体での討論
(16:35〜17:45)

坪井先生の報告に対し、全体で意見や質問を投げかけ、それをもとに話し合いを行いました。まず、大谷先生が学校の教科書の採択についての事務的な手続きについて質問をされました。それに対し、坪井先生は教科書の採択は日本とは違い地域での区分は関係なくて各学校独自の判断で使用していると答えられました。公立高校の取り扱いにしても、日本の公立高校とは概念が異なり、学区の区分はないので学費が安い日本の私立の高校と考えるのが良いのではないかと述べられました。どの生徒も地域に関係なく学校が選べるそうです。
また、義務教育を修了した時点での進路が多岐にわたるため、日本での大学浪人という概念自体もないなどの話題も出ました。ただ、進路変更に関しては日本よりも厳しい状況にあり、極端な例として医学部の生徒が芸術家を目指そうとするともう一度やり直さなくてはならなくなる状況にあるそうです。
また、年度はじめに年間の学習指導計画を立て授業を行い、年度末に実行できたか振り帰る日本のシステムもイギリスにはあるのかという質問に対して、先生は1989年のNational Curriculumが制定される前までは各先生の判断にまかせ独自に授業を展開していたが、NCが制定されてからは日本と同様に、年間のスケジュールを作成するようになった、とお答えになりました。また、イギリスでは理科の先生の人数は少ないが、コアサブジェクトに科学を取り入れているので、今後科学に力を入れていこうとする姿勢が伺えるとおっしゃっていました。環境倫理教育に関して何故地理で教えるのかという質問に対しては、倫理を道徳で教えようとすると、エスニックマイノリティー(ethnic minority)とエスニックマジョリティー(ethnic majority) との宗教の違いがあり、授業で取り扱うのは難しいのだそうです。
そこで話題が環境教育について発展しました。そもそも、イギリスでは環境倫理教育が生じたのかという話題について、メイサーが環境倫理という概念自体は約200年前(イギリスが世界中の国々を植民地化していた時代)に生じていたと述べました。植民地化された地域や島の森林が消滅して砂漠化して行くのを目の当たりにして環境に対する認識が生じたわけですが、かつてイギリスの生命倫理は医療倫理が中心でした。1980年代になり、バイオテクノロジーが発展するに連れて環境倫理も考えられるようになったとのことです。坪井先生は、先生がご覧になった資料では約50年前に環境教育が行われたと書かれていたそうですが、実際はそれ以前から環境教育は存在していたであろうと述べられました。
全体での討論は、イギリスでの教育システムの内容から、環境教育まで幅広く議論がかわされました。

事務的連絡
(17:45〜18:00)

まず、次回の勉強会の日程を決めました。次回の発表者についてはまだ決定しませんでしたが、今後決めるとのことです。そして今年の11月26日から3日間にかけて行われたつくば国際円卓会議(TRT)で発表された、白石先生にお礼を申しあげるとともに、今回の勉強会を終了しました。


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