「学校における生命倫理教育ネットワーク」第24回勉強会報告

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ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授)
〒305 つくば市 筑波大学 生物科学系
生命倫理に関する教育研究グループ
ファックス番号:0298-53-6614


日時:9月8日午後3時〜6時
場所:麹町学園女子高校
内容:「生命倫理をどのように授業に盛り込むかー政治・経済での試みと工夫」
井出知綱 埼玉県立上尾橘高等学校
公民科
 授業の中で、生命についての認識をどのように深めていけるか。「倫理」「現代社会」とちがって、「政治・経済」だと、それだけを独立に扱うことがちょっと難しく感じます。政治的側面からは法律や制度について、経済的側面からは命の値段などについて関わらせながらのアプローチになろうかと考えます。
 今回は、問題の供給源として手塚治虫「ブラック・ジャック」のある作品をもとに、裁判(刑事・民事)や、警察、脳死、臓器移植などについての基本的な紹介を試みました。授業者の発想に限界があることから、より多様でしかも統一感のあるとらえかた・扱い方が可能なのではないかと、皆さんのお知恵を拝借したいと思います。
 資料の選定、教材の用意(教科書・資料などの活用)、展開方法、発問の仕方、授業形態などの協議・批判を通じて、生命についての認識を深められればと思っています。

参加者
ダリル・メイサー (筑波大学生物科学系)
前川史 (筑波大学大学院)
坪井重子 (埼玉県立庄和高等学校)
山下亨 (東京都立東村山高校)
三浦俊二 (埼玉県立草加西高校)
栗本学 (東京都立調布南高校)
井上兼生 (埼玉県立大宮中央高校)
大道智子 (兵庫県立武庫荘高等学校)
小泉博明 (麹町学園女子高校)
白石直樹 (東京都立足立新田高校)
和田智司 (神奈川県大磯町立大磯中学校)
田中裕巳 (大同工業大学教職過程)
橘都 (東京都立羽田高校)
庄司進一 (筑波大学臨床医学系)
井出知綱 (埼玉県立上尾橘高校)

勉強会の流れ
 今回の勉強会では、新しく参加された先生が少ない事から、すぐに井出先生による発表に移りました。まず、大まかな背景として、埼玉県立上尾橘高校について説明をしていただきました。上尾橘高校は普通科の高校で、学校全体としては学習意欲が低く、今回のプロジェクトを考え始めた時にも、どうやって生徒に興味を持ってもらうか、という点が重要だったようです。また、同校では平成元年に商業系の科目を多く履修する情報コースが設立され、井出先生は普通科の政治・経済(2単位)と、情報科の政治・経済(2単位)で今回の試みをされました。まず、授業のきっかけづくりとして、生徒が興味の持てる教材探しから始まりました。第1に、政治的な内容があり、かつ生命倫理的な内容を持ったものとして、『テーマ30生命倫理』と、『生命の教育』を参考にされました。そのあとで、教科書と照らし合わせ、最終的にブラックジャックを使うことに決定されました。井出先生は以前から視聴覚教育の一環として、ビデオやカセットテープを使った授業をされていましたが、今回も新潮カセットブックを用いての授業をすることに決められました。というのも、ビデオなど目で見る教材は分かり易い反面、注意が散漫になるという欠点があり、かえって音だけの方が集中力が高まるということを、経験上知っておられたからでした。
 実際の授業の進め方は、まず作品そのものの面白さを重視し、聴覚に訴え、聞く方法を取られました。そして、ストーリーの中の台詞をキーワードとして、それを軸に生命倫理的内容の拾い上げをされました。今回の発表では、模擬授業という形で、実際に井出先生が高校で行った授業を、参加者全員で体験する方式を取りました。新潮カセットブックの「医者はどこだ」というお話しを聞き、合間合間でテープを止め、キーワードを拾い出します。その際に、キーワードにまつわる説明や質問、調べ、板書、プリント記入、作業などを行い、その後テープを巻き戻して確認を行い、先へ進むという手順を繰り返し行いました。以下に、「医者はどこだ」に出てくる台詞のキーワードを挙げます。
1.コーヒー 2.クレジット(話しの中に出てくる架空のお金の単位)3.ユーラシア大陸 4.麻薬 5.実業家 6.スーパーコンピューター 7.権力 8.脳死 9.ドナー 10.警察 11.逮捕 12.送検 13.起訴 14.法廷 15.死刑 16.正義 17.慈悲 18.責任 19.神様・天使
 今回の取り組みでのまとめとして、井出先生は以下の4点を挙げています。
1) 教科書で生命倫理的な内容の関連付けを確認
2) 憲法の確認
3) 法律・制度の確認
4) 世の中のしくみを探る
 そして、今後の課題としてまず、井出先生自身(授業者)の力量アップを挙げておられます。そして、用語の説明にとどまらない、深く突っ込んだ授業が出来れば良いともおっしゃっていました。また、教科書に縛られる事無く、その上系統性のある展開方法を模索する必要があり、更なるテーマの開拓とともに現存する教科書との関連を整理したいとおっしゃっています。そのため、学習指導要領をみなおして、生命倫理との関連が期待できる項目を次のように挙げておられます。
1.人権保障と法の支配 2.権利と義務の関係 3.人権 4.国際連合をはじめとする国際機構の役割 5.国際政治の特質や国際紛争の諸要因 6.経済生活の変化 7.経済活動のあり方と、福祉の向上との関連 8.少子高齢社会と社会保障 9.公害防止と環境保全 10.農業と食糧問題 などです。
 10分間の休憩を挟んで、討論に移りました。その間に、参加者全員の連絡先を確認する意味で、Eメールアドレス、またはファックス番号を記入してもらいました。
 まず最初に出た質問は、脳死にかかる費用について、授業で触れたかどうかというものでした。教科書では直接触れている所はないそうですが、「家計の中の医療費」という面白い本が出版されているそうです。また、「生命の値段」という本にも関連する記述があるようです。例えば、子供が交通事故で死んだ場合などの慰謝料は、男の子の方が女の子よりも以前は多かったそうなのですが、男女平等の運動を受けて最近では同じ金額になった、という話しが挙がりました。次に、授業で視聴覚教材は良く使われるのかという質問に対し、社会科ではテープよりもビデオを多く使用するという答えが帰ってきました。先にも述べましたように、見るよりも聞く方が集中力を要求されるようなので、井出先生はなるべくテープを使用しているようでした。
 ブラックジャックを教材として取り上げたわけですが、生徒の中には既に読んだことのある人もいたみたいです。しかし、今の生徒たちは漫画よりもむしろ携帯電話のメールなどを活用する子が多く、ますます物を読むという習慣が無くなっているという指摘がありました。これに対して、大学生でも本を読まないという実体が指摘されました。最近のテレビ番組では字幕を多く活用したものが多いことから、むしろそれが読書の代わりになっているのかもしれないという意見もありました。
 井出先生が今回行った取り組みは、授業全体で15〜16時間かかり、期間にして2ヶ月あまりを要したということです。生徒の反応はなかなか良好で、やはり話しの筋書きそのものの魅力に助けられた部分が大きかったということでした。また、「医者はどこだ」には逮捕の場面が出てくるのですが、実際クラスに逮捕歴のある生徒がおり、その模様を得意げではないにしろ、口にすることも合ったようです。また、今回の勉強会で実際にカセットブックを聞いてみて、思ったよりも集中力を必要とすることにびっくりされた先生方もおられたようでした。
 この一連の授業の最後に、記述式のテストとして井出先生が生徒に出した問題を、ここに掲載したいと思います。
ブラックジャックは事の真相を知った上で、ニクラ会長に対して、息子のアクドの手術代として1億クレジット(30〜40億円)を要求した。この要求額は
1)A.たかすぎる  B.妥当である  C.安すぎる
2)ブラックジャックはデビーに対し、「アクドのように体も心も腐ってるやつは手術する意味がない〜」と言って、デビーの顔をアクドそっくりに整形した。ブラックジャックのこの処置について当否を論ぜよ。
3)デビー母子が今後ニクラの追及の手から逃れるためには、どのような手続きが必要か。今いる国を出国し、渡航先へ入国する方法を中心に対策を考えよ。なお、デビーは死刑判決を受け、アクドへの臓器提供者として既に死亡したものとされている。
(ブラックジャックの話しを読んでいないと理解できない部分が多いかもしれません。短い話しですので、1度目を通されることをお勧めします。また、著作権の問題でニュースレターに井出先生がテープから起こされたシナリオを、掲載するのを控えました。ご理解ください。)
 井出先生が予想していた以上に、生徒たちはしっかりと文字を裂いてこのテストに答えていました。中でも特徴的だと感じられたのは、ブラックジャックの判断は誉められないけれど、状況によってはしょうがないのではないか、という意見が多かった点だといいます。お金が有ればなんでも出来るのかという質問に、生徒達も直面したようです。実際、中国で死刑囚の臓器をそのまま捨てるのはもったいないので、移植に利用するという話しが暴露されている、という現実もあります。そんな中で、「正義」をもっと吟味して行く必要があると井出先生は感じられたようです。
 議論は次第に臓器移植一般の話しに移って行きました。臓器移植の際に、ドナー側の意志は尊重されるのかという質問がまず出ました。例えば、親戚や家族にならあげても良いという意見が、井出先生の教えた生徒たちの中には多かったようなのですが、日本人一般を見たときに、この意見が多いのかは、興味深い所です。また、日本人は体の隅々に魂が宿ると考え易いのではないか、手塚治虫の意識にも、アニミズムが根強いのではないかという意見も寄せられました。これに対しては、アメリカ軍がベトナム戦争で行方不明になった人達を、未だに精力的に探しつづけているという例から見ても、決して日本人に特有の物ではないというコメントが出されました。ナショナリズムと関連付けて、ある文化に特有の性質を必要以上に推進するのはどうか、という考えもあります。
 別の先生からの例として、一人の人間の中には臓器移植に対する相反した気持ちが存在するのではないか、仕事上・社会的立場から納得の行く決断でも、個人に立ち戻った時に納得行くかは別問題である、といった話しも挙げられました。臓器移植後の精神的問題を取り上げた、NHKの番組から見ても、アメリカでは制度が先にしっかり出来てしまったため、臓器移植の件数は増えるばかりだが、移植を受けた人、また臓器を提供した人すべてが、やはり何らかのしこりを感じているようです。また、臓器移植にしろ、胎児利用にしろ、人からもらってまで長生きしたくないという意見や、安楽死にもつながる意見ですが、大変なら死なせてあげれば?という意見も根強く残っており、生への執着心が薄れてきているのかもしれないという指摘もありました。
 ここから議論は、実感を伴う教育、という視点から、生物学における解剖実験に話しが移りました。現在でも、理科の授業で解剖を行うことに対する賛否が分かれています。生物科の先生方は、生命を教えるためには不可欠だと考えておられるようでした。実際に授業で解剖を行った後に、生徒に感想を聞くと、日々動物や植物などの命を摂取しているのだという実感が沸いた、というものが多く見られたそうです。ただ、中学校などでは各器官の名前や機能だけにとどまりがちだという指摘もありました。また、専門的な研究者などでは、殺す事に慣れてしまっていて、一般人から見るとそれは脅威でもある、といった指摘がありました。実際、医学系の生徒たちが人体解剖を行う際に、だんだんと人体が細胞の塊といった意識に変化しやすいところがあるようです。これは将来、臨床的に患者を見る場合に、患者ではなく病気を見ることにつながるのではないかという危惧があります。いかに人間性を保ったまま、臨床医になるか、というのは、医療の現場で教えていらっしゃる先生にとっても大きな課題であるようでした。政治学などでも、例えばベトナム戦争の反対運動に活発に参加するのは、心理学や教育学といった、歴史や政治の専門外の人のほうが多かったようです。専門家の感覚で物事のルールが作られてしまうと、一般の人の感覚とずれるのではないか、といった指摘があり、どこかで歯止めが必要だという意見が多く寄せられました。
 活発な意見交換の後、時間も終わりに近付いた所で次回の勉強会で、またそれ以後の勉強会で発表してくださるボランティアを募りました。2月には筑波国際生命倫理円卓会議があり、それの参加者も募られました。


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