「学校における生命倫理教育ネットワーク」第26回勉強会報告

Page last updated on 8 June, 2004. Comments to: Email <asianbioethics@yahoo.co.nz >.
ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授)
〒305 つくば市 筑波大学 生物科学系
生命倫理に関する教育研究グループ
ファックス番号:0298-53-6614


日時:2月23日 午後3時〜6時
場所:私立芝学園(高校)
内容: Bioethics Education in schools in Australia, India and Israel

ゲストスピーカー: Prof. Jayapaul Azariah (President, All India Bioethics Association)
Dr. Frank Leavitt (Director, Centre for Asian and International Bioethics, Ben Gurion University of the Negev, Israel)
Dr. Irina Pollard and Dr. Roger Pollard, (Macquarie University, Australia)
フランク・レヴィット先生(イスラエル、ベンガリオン大学)ジャヤポール・アザリア先生(インド、マドラス大学)アイリーナ・ポラード先生(オーストラリア、大学)


芝学園ホームページ (http://www.shiba.ac.jp) に、「地図」があります。 営団日比谷線「神谷町」または都営三田線「御成門」がベストですが、 都営浅草線「大門」や都営大江戸線「赤羽橋」も利用可能。 JR京浜東北線「浜松町」からだとタクシーでワンメーターちょいだと思います。 なお、タクシーの運転手さんには「芝学園(芝高校)」「正則高校のとなり」「オランダ大使館の前」のどれかで通じるはずです。(通じなかったらモグリです)

 「生命倫理を本当に人のためのものにしよう」 
Israel, Ben Gurion University of the Negev, フランク・レヴィット先生
「公平な分配」という生命倫理原則には、医療の公平な分配も含まれています。これは、例えば病院の科内といった、小さなレベルや、より大きなレベルである病院全体、日本やイスラエルといった国家内でも見られるかもしれません。しかし、グローバルな視点で考えたとき、生命倫理にかなうためには、世界全体の健康のために働きかけなければならないことは明白です。
世界中のほとんどの人が満足な医療を受けられず、医者や看護婦、まともな薬、病院施設に全くアクセスが無いか、あっても僅かであるのが現状です。しかし、ほとんどの医療研究が、発展する高額な薬品に関するものです。そして、発展途上国の健康に関する生命倫理の議論のほとんどが、この研究をどう倫理的にするか、というものです。しかし、ほとんどの人がこの研究の利益を受けないことを考えると、この研究が倫理的であるかないかはあまり関係ないと言えるでしょう。
ヘルスサービスにおける実践的な生命倫理的解決とは、薬品ではなく、草の根での教育です。今回は、医療不足のインドの村落において、生命倫理センターで「母と子の健康プロジェクト」を実施したときの模様を紹介したいと思います。私達はダリート(アンタッチャブル)と呼ばれる人たちを中心に活動しており、医者や看護婦がいない状況でも、栄養や予防についての教育ができるように、60名の女性を大使としてトレーニングしてきました。
また、イスラエルとインドの高校生が、不利な状況にあるインドの村落の人たちのためのヘルスプロジェクトに、共に参加する新しいプロジェクトについても述べたいと思います。これは、国際的な高校生のグループが、人道的活動を行う最初の試みです。日本の高校生たちにも、世界をよりよくするためのプロジェクトへの参加を呼びかけています。

LET'S MAKE BIOETHICS REALLY FOR THE PEOPLE
Frank (Yeruham) Leavitt, Ph.D.
Chairman, The Centre for Asian and International Bioethics
Faculty of Health Sciences
Ben Gurion University of the Negev
Beer Sheva, Israel
email: yeruham@bgumail.bgu.ac.il
The bioethical principle of Distributive Justice requires a just distribution of medical resources. This can be seen on the small level, within a hospital ward for example; on a larger level, within a hospital; or on an even larger level, within a country, like Japan or Israel. But when we think of the world globally, it is obvious that in order to be bioethical, we must work for the health of the entire world.
The vast majority of the world's people are medically deprived. They have little or no access to physicians, nurses, decent medicines, hospital facilities. But most medical research has to to with developing high-tech expensive drugs. And most bioethical discussion of health in developing countries has to do with making this research ethical. But when we think about the fact that most of the people are not going to be able to benefit from these medicines anyway, it is obvious that it doesn't really matter if this research is ethical or not. The research is irrelevant for most of the people of the world.
The practical, bioethical solution to global inequalities in health services is not drugs but grass-roots education. In this lecture I shall discuss our Bioethics Centre's Mother and Child Health Education Project for medically deprived villagers in rural India. We are mostly working with Dalit ("untouchable") mothers, and have trained 60 Health Ambassadors, local women who teach health-promoting behavior, teaching people nutrition and prevention, to be healthy even in the absence of doctors and nurses.
I shall also discuss our new project in which Israeli and Indian high school students will work together in health projects for disadvantaged tribal people in rural India. This will be a first of its kind: an international group of high school students working together in a humanitarian health project. We invite Japanese high school students to join us in joint projects for the good of the world.


生命倫理問題と生命倫理教育に対する高校生と高校教師の反応:行動の要請
President, All India Association of Bioethics, India ジャヤポール・アザリア先生
科学技術の進歩が、高校生や高校教師の考え方に与える圧力は増えるばかりです。このように相容れない状況の中にあっても、個人的、専門的、社会的生活において、価値観に関わる決断をしなくてはなりません。そのため、詳細で大望のある調査を行い、高校生や高校教師が、科学や技術に対してどのような意見をもっているかを調査する必要があると思われました。
タミルナドゥはインド南部にあり、18の郡からなります。次の5つの郡が、文化、産業、そして歴史面などを考慮して、今回の調査対象に選ばれました;チェンナイ(マドラス)、トリキー、トゥティコリン、ダドゥリア、そしてコイムバトーレです。合計で60の学校から1500名の生徒の意見が分析されました。
インドの社会経済状況や、技術のあり方が変化している時に、このような研究が行われたのはとても心強いことです。まとめとして、生徒たち、また学校経営者達は、高校のカリキュラムに生命倫理を組み込むことに意欲的でした。この発表では、高校の授業に生命倫理を取り入れる際の障害などを挙げてみたいと思います。

Responses of High School students and Teachers towards bioethical issues and Bioethic Education: A plea for action
Professor Jayapaul Azariah
President, All India Bioethics Association,
New No. 4, 8th Lane, Indiranagar,
Chennai 600 020. India.
Email: jazariah@yahoo.com
The pressure created by the advancement of Science and Technology on the attitude of high school students and teachers is increasing. Amidst such conflicting situation they have to make many value-based decisions and make other choices in their personal, professional and social life. Therefore it was felt necessary to make a detailed and an ambitious survey to assess the attitude of High School students and Teachers on the various issues raised by science and technology in life situations.
Tamil Nadu is a state in South India with 18 administrative districts. The following five districts known for their culture, industrial development and historicity were chosen for the survey, namely Chennai (Madras), Trichy, Tuticorine, Daduria and Coimbatore. A total of 60 schools were chosen. The responses of 1,500 students were assessed.
It is encouraging to note that the study is timely in the changing context of technology and socioeconomic conditions in India. In summary the students and school authorities have responded to introduce bioethics in high school curriculum. In this context the paper outlines various obstacles and barriers for introducing bioethics in High School Education. An earnest plea has been made for a concerted cross cultural effort to bring about suitable changes in the high school curricula in Asia with special reference to India.


教室における生物科学と生命倫理 
Australia, Macquarie University, アイリーナ・ポラード先生
科学と技術によってもたらされた社会の根本的な変化は、人間関係や実生活に、予想不可能な形で影響を与えてきました。健康的な人間社会を、環境と調和させながら維持することはどんどん難しくなっています。多くの場合、伝統的/文化的な倫理原則は、近代の技術ベースな社会においては、有効であるどころか、何の助けにもなりません。もし生命倫理の議論が私たちの生活に関連するのであれば、近代科学の眼識と相容れる、詳細な生物学の知識が必要です。それはつまり、種として成熟するためには、新しく生物主体の、生存の優先順位が進化しなければならないというものです。生物科学の倫理は、科学と生命倫理の実践的なインターフェースとして働きます。科学的な試みと、生命倫理のコンセンサスに、適用できる形とのリンクとして期待できるのです。その主要な要素は、生物システムの理解と、技術の責任ある使用、そして、民族中心の議論の短縮です。今回の発表では、マクワイヤー大学で教えられた、「生物科学倫理ム生物学240」を、簡単に紹介したいと思います。
(http://www.bio.mq.edu.au/units/Biol240_pwd/) User name: biol240 Password: ethics

BIOSCIENCE AND BIOETHICS IN THE CLASSROOM
Irina Pollard
Department of biological Sciences, Macquarie University, Sydney, NSW 2109, Australia
e-mail ipollard@rna.bio.mq.edu.au
Fundamental changes in society brought about by science and technology have affected human relationships and practices in often unpredictable ways. Maintenance of a healthy human society in harmony with the environment has become increasingly difficult. In many instances traditional/cultural ethical principles are no longer valid, or even helpful, in our modern technologically-based world. If bioethical discussion is to be relevant to our lives, there is a need for in-depth biological knowledge in agreement with modern scientific insights. That is, if we are to mature as a species, new biocentric survival priorities have to evolve. Bioscience ethics* acts as a practical interface between science and bioethics. It links scientific endeavor and its application into adaptive forms of bioethical consensus. Its major elements are increased understanding of biological systems, responsible use of technology and curtailment of ethnocentric debates in tune with new scientific insights. My presentation will briefly describe the vacation unit 'Introduction to Bioscience Ethics - Biology 240' as taught at Macquarie University. The course outline is accessible at the following web-site:
http://www.bio.mq.edu.au/units/Biol240_pwd/
User name biol240 Password ethics
Reference
Van Rooy, Wilhelmina and Pollard, Irina. Stories from the Bioscience Ethics Classroom: Exploring undergraduate students' perceptions of their learning. Eubios Journal of Asian and International Bioethics 12 (January, 2002).


参加者
ジャヤポール・アザリア (マドラス大学)
アイリーナ・ポラード (オーストラリア)
ロジャー・ヒラー
フランク・レヴィット (ベンガリオン大学)
ダリル・メイサー (筑波大学生物科学系)
前川史 (筑波大学大学院)
山下亨 (東京都立東村山高校)
井上兼生 (埼玉県立大宮中央高校)
田中裕巳 (大同工業大学教職過程)
橘都 (東京都立羽田高校)
石塚健大 (私立芝学園)
江口一哉 (私立芝学園)
大谷いづみ (東京都立国分寺高校)
菅井太一 (創価大学)
***フランス大使館 アーノルド

勉強会の流れ
 今回は海外からつくばの国際生命倫理円卓会議に参加された生命倫理の研究者が、各国での生命倫理教育の取り組みや成果について、発表をして下さいました。まずは全員の自己紹介から始めました。今回発表してくださった先生方は、インドのマドラス大学を退任なさった、生物学者であり、動物学者であるジャヤポール・アザリア先生;イスラエルのベンガリオン大学で、倫理学と哲学を教えているフランク・レヴィット先生;オーストラリアのマッキャリー大学で、生物学を教えているアイリーナ・ポラード先生と、旦那さんで分子生物学者のロジャー・ヒラー先生の四方でした。まず始めに、レヴィット先生の発表から始めました。

生命倫理を本当に人のためのものにしよう
「公平な分配」という生命倫理原則には、医療の公平な分配も含まれています。これは、例えば病院の科内といった、小さなレベルや、より大きなレベルである病院全体、日本やイスラエルといった国家内でも見られるかもしれません。しかし、グローバルな視点で考えたとき、生命倫理にかなうためには、世界全体の健康のために働きかけなければならないことは明白です。
世界中のほとんどの人が満足な医療を受けられず、医者や看護婦、まともな薬、病院施設に全くアクセスが無いか、あっても僅かであるのが現状です。しかし、ほとんどの医療研究が、発展する高額な薬品に関するものです。そして、発展途上国の健康に関する生命倫理の議論のほとんどが、この研究をどう倫理的にするか、というものです。しかし、ほとんどの人がこの研究の利益を受けないことを考えると、この研究が倫理的であるかないかはあまり関係ないと言えるでしょう。
ヘルスサービスにおける実践的な生命倫理的解決とは、薬品ではなく、草の根での教育です。今回は、医療不足のインドの村落において、生命倫理センターで「母と子の健康プロジェクト」を実施したときの模様を紹介したいと思います。私達はダリート(アンタッチャブル)と呼ばれる人たちを中心に活動しており、医者や看護婦がいない状況でも、栄養や予防についての教育ができるように、60名の女性を大使としてトレーニングしてきました。
また、イスラエルとインドの高校生が、不利な状況にあるインドの村落の人たちのためのヘルスプロジェクトに、共に参加する新しいプロジェクトについても述べたいと思います。これは、国際的な高校生のグループが、人道的活動を行う最初の試みです。日本の高校生たちにも、世界をよりよくするためのプロジェクトへの参加を呼びかけています。
 発表に続いて、短い質疑応答の時間を取りました。注目を集めたのは、日本とイスラエルの高校生が共同でインドの農村部に行き、人道的活動を行う2003年に予定されているプロジェクトについてです。高校生の募集の仕方、また、プロジェクトの期間について質問がありました。インドは8月に入るとモンスーン(雨季)に入るため、プロジェクトを行う場所にも寄りますが、多分涼しい時期が望ましく、1週間くらいの予定だと言うことです。ただ、日本の学生は夏休みとの兼ね合いもあり、なかなか難しいのではないか、また、同行する先生の予定もあるため、今すぐに答えが出るというものでは無いようでした。
 この件に関しては、随時関心のある方からの質問や要望を受け付けています。興味のある方は、秘書課の前川、またはメイサーまでご連絡ください。
 続いて、アザリア先生の発表に移りました。

生命倫理問題と生命倫理教育に対する高校生と高校教師の反応:行動の要請
科学技術の進歩が、高校生や高校教師の考え方に与える圧力は増えるばかりです。このように相容れない状況の中にあっても、個人的、専門的、社会的生活において、価値観に関わる決断をしなくてはなりません。そのため、詳細で大望のある調査を行い、高校生や高校教師が、科学や技術に対してどのような意見をもっているかを調査する必要があると思われました。
タミルナドゥはインド南部にあり、18の郡からなります。次の5つの郡が、文化、産業、そして歴史面などを考慮して、今回の調査対象に選ばれました;チェンナイ(マドラス)、トリキー、トゥティコリン、ダドゥリア、そしてコイムバトーレです。合計で60の学校から1500名の生徒の意見が分析されました。
インドの社会経済状況や、技術のあり方が変化している時に、このような研究が行われたのはとても心強いことです。まとめとして、生徒たち、また学校経営者達は、高校のカリキュラムに生命倫理を組み込むことに意欲的でした。この発表では、高校の授業に生命倫理を取り入れる際の障害などを挙げてみたいと思います。インドは西洋式の教育方法を実行しており、国民全体の80%が農村部に暮らし、20%が都市部に暮らしています。主な言語は英語、タミル語、そしてヒンディー語ですが、公用語は14もあります。学校は国公立と私立があり、私立の学校はキリスト教やプロテスタントの学校が多いようです。インドも学歴社会なので、勉強をしないと職が得られないという現実は、日本とあまり変わりません。
高校生に対して行ったアンケートの結果から、70%の生徒が「生命倫理」という言葉を聞いたことがないと答えました。そんな中で生命倫理を教育に盛り込もうという動きがありますが、シラバスが過密なため、なかなか難しいのです。AIDSやHIVに対する意識は高く、テレビやメディアから情報を得ている場合が多いようでした。インドでは約10%の人がHIVに感染しているといわれています。また、安楽死やクローン技術についても、テレビや新聞で頻繁に報道されています。高校生たちが誰を信頼しているかと言う質問に対して、一番信頼を得ているのは学校の先生、次いで宗教的リーダーや聖職者、政治家に対しては、不信感が強いということが分かりました。生徒たちに語りかけるには、学校で先生が働きかけるのが一番てっとりばやいということです。ワークショップなどを通じて、教師のみならず、医者や看護婦の意識を高めていくことも重要だと思われます。
アザリア先生の発表の後に、10分間の休憩を取りました。その後、ポラード先生、ヒラー先生に発表をしていただきました。

教室における生物科学と生命倫理 
科学と技術によってもたらされた社会の根本的な変化は、人間関係や実生活に、予想不可能な形で影響を与えてきました。健康的な人間社会を、環境と調和させながら維持することはどんどん難しくなっています。多くの場合、伝統的/文化的な倫理原則は、近代の技術ベースな社会においては、有効であるどころか、何の助けにもなりません。もし生命倫理の議論が私たちの生活に関連するのであれば、近代科学の眼識と相容れる、詳細な生物学の知識が必要です。それはつまり、種として成熟するためには、新しく生物主体の、生存の優先順位が進化しなければならないというものです。生物科学の倫理は、科学と生命倫理の実践的なインターフェースとして働きます。科学的な試みと、生命倫理のコンセンサスに、適用できる形とのリンクとして期待できるのです。その主要な要素は、生物システムの理解と、技術の責任ある使用、そして、民族中心の議論の短縮です。今回の発表では、マクワイヤー大学で教えられた、「生物科学倫理―生物学240」を、簡単に紹介したいと思います。
 生命倫理と科学は、同時に教えられるべきです。というのも、科学は利益をもたらすと同時に、社会的なリスクもまた、引き起こしかねないものだからです。近代の科学とテクノロジーがもたらす生物学的、社会的、そして倫理的インパクトを真に理解するためには、統合的に、また全体的に、現在を進化の過程としてみる必要があります。すなわち、現時点での行動を、環境面、個人面、そして社会面からの見解に沿って体験すると言うことです。また、触れて感じること、そして新しい思考で、予測不可能かもしれないパターンを、短期的なコストと利益、それと平衡する長期的生存の導入によって学び取ることでもあります。二つの突出した講義テーマがあります。それらは、個人/団体の連続的な責任ある意思決定と、人々が生殖や出産、病や死をコントロールする力をつける技術です。特定の教材は、以下のトピックを含みます。授業の一例を、とりあえず紹介しました。
月曜日
9:00〜13:00 歴史的見解
1. 狩猟採集するホモ・サピエンス・サピエンス
2. 倫理の進化について
3. 生物科学倫理
4. 現代道徳と政治的原則
ビデオ “結果は手段を正当化するのか”
5. 問題ベース学習
6. 生徒でグループを作り、テーマを決める
ポラード先生の取り組みについては、以下のサイトからアクセスが可能です。
(http://www.bio.mq.edu.au/units/Biol240_pwd/) User name: biol240 Password: ethics

 次に、ヒラー先生から科学者の責任について発表がありました。科学にはいくつかの側面があり、アカデミックな科学、商用科学、そして、軍事科学などに分けられます。特に商用、軍事科学では守秘義務があるため、理想とされる自由な討論や、科学的な知識の共有が果たせないで居る現実があります。アカデミックな領域においても、研究室の内外で序列があり、商業的でないにしろ、ボスの言葉に従わなければならない部分もあるようです。特に今回問題としたのは、科学の詐欺(Scientific fraud)と内部告発でした。詐欺行為の一例として、ピルト・ダウン・マン(Piltdown Man)が挙げられました。これは、イギリスの植物学者が、私有地に実際に植林をした後に、それがあたかも新発見であるかのように報告したと言うケースです。この例では、同僚も詐欺の事実を知っていたとされています。
詐欺行為には、例えば、医学・薬学関連の雑誌において、成功した実験例だけを報告すると言う風潮も含まれると、ヒラー先生はおっしゃっていました。すなわち、エラーが何回でていようと、成功例だけをのせれば、その分受け取り手には肯定的なイメージしか残らないと言うものです。特に医学系の研究においては、成功例だけではなく、エラーも含めてその分野の関連する研究を報告する義務があるのではないかと言うご意見でした。
 アメリカの科学者協会は、科学者の義務や責任について目を光らせる機関であり、同様のシステムがより広く認識される必要があると説いています。
 科学者の責務については、多くの関心と質問が寄せられました。まず何より、誰でもが大学で働けるわけではないという現状で、どれだけ生物科学者が責任感を持って仕事ができるのかという疑問が寄せられました。オーストラリアでは、軍事面での科学的研究は比較的少なく、アメリカから輸入しているものが多いようでした。商業的な科学研究を行っている人たちにとっては、会社の利益と公共の利益が相反する場合に、ジレンマに陥ることがあるのではないかと言う意見も寄せられました。会社の方針に異議を唱える場合に、内部告発者を保護するようなシステムが必要なのではないか、という意見がありました。また、医学系雑誌に見られる、ある意味で詐欺とも取れる先ほどの例に対して、実際に医科大学で倫理や哲学を教えていらっしゃるレヴィット先生は、正直さや誠実さをどうやって教えていけば良いのか、開拓していく余地があるとおっしゃっていました。
 ポラード先生は、生命倫理教育はできるだけ早い時期から取り組むべきだと主張していらっしゃいます。特に、子供が他人を認識する2〜3才くらい、また思春期などにも重要な役割を担うと考えられます。生命倫理教育のゴールは、いったいどこにあるのでしょうか。どうしても、インテレクチュアルなゲームにしか思えない、という疑念も寄せられました。これに対しては、やはり、両親の教育なども含め、倫理的に生きるということが、ゴールなのではないか、また、学校教育に的を絞って言えば、ある程度の情報を与えられた状態で、議論をし、自分なりの決断力をつけるという意見も上がりました。最終的には、自分の人生を生きていく上で、実際に決断しなければならない状況に陥った時に、対処できるような力をつけることが重要なのではないか、という意見も上げられました。
 ここで、閉会の時間も迫ってきたため、参加者各自の持つ生命倫理教育のゴールについて、意見を述べてもらいました。まず、生徒たちがバランスの取れた決断を下せるように、そして善悪の区別をつけられるように、という意見が挙がりました。次いで、他人の視点ではなく、生きていく上で自分の周りを見渡せるような視点を、生徒の各個人がもてるようにする、科学や技術に対する正しい認識を持ってもらう、という意見が挙がりました。技術はこれまでにもずっと実用化されつづけてきましたが、実際にそれを使用して良いかどうかは、今までのようには行かないでしょう。可能、から、使用へ、個人・社会・人類の幸福とは一体なんなのでしょうか。そして、人類はどこを目指しているのでしょうか。バイオインフォメーションエイジ、と言われてはいるものの、分配の公平さには格差がありすぎるのではないでしょうか。例えば、アフガニスタンの現状等は、その良い例でしょう。次に寄せられたのは、人の心や精神面での解明が進むと良いのではないかと言う意見でした。これらを数値として表すことができるのか、また、出来たとしたらどのような分析ができるのか、といった関心も寄せられました。また、謙虚(humble)に生きること、そして、地球の中のひとつの生物としての自覚を持つことが大事ではないかと言う意見も挙がりました。これまでに人類は必要以上の事をして来ました。認識と意識をもつことがなにより大切なのではないでしょうか。政府や法律の整備も必要でしょう。
 他にも、生命とはなんであるか、命の貴さや、平和について教えることがゴールだと言う意見や、現段階では、科学の発達が良く知られていないけれども、充分な知識を得ることによって、自由な選択ができることがゴールである、事実やデータ、個人の意見を材料に、生徒の個人個人が考えてくれることがゴールである、自分自身の人生を選んで生きていけることがゴールである、など、様々な意見が寄せられました。まとめとして、自然がどのように出来ているかの仕組みを知るだけではなく、その意味合いについて探ること、正直さや誠実さ、責任などを認識すること、そして、異文化間の対話を進めること、そして命を愛する心を育て、多くの人が幸せに、また倫理的に正しい決断を下せるようになれば最高ではないか、という意見で、勉強会は閉会を迎えました。
 このあと、さらに海外からみえた先生方を交えて、夕食を交えた席でも、活発な議論が交わされました。
To Bioethics Education Network (Japanese)
To Bioethics Education Textbook Project
To Eubios Ethics Institute