「学校における生命倫理教育ネットワーク」第31回勉強会報告

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ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授)
〒305 つくば市 筑波大学 生物科学系
生命倫理に関する教育研究グループ
ファックス番号:0298-53-6614


日時:2月22日 午後3時〜6時
場所:私立芝学園
内容:「過去十年にわたる日本でのバイオテクノロジーに対する意識の傾向」をテーマに
発表者: 筑波大学生命共存科学専攻
稲葉正和 ダリル・メイサー
主催: ユウバイオス倫理研究会 バイオインダストリー協会
要旨
発表の概要
ユウバイオス倫理研究会では過去十年にわたって、一般の日本人を対象としたバイオテクノロジーに関する意識調査を実施してきました。本講演会では、同様に行われた1991年、1993年、1997年、2000年の調査結果との比較を踏まえ、人々が遺伝子操作とバイオテクノロジーに対して抱いている関心や理由付けを報告します。質問内容は特に、バイオテクノロジーの農業または医療への応用についてでした。また、これらの調査にみられる、一般市民と科学者の挙げた理由の相違についての比較結果も報告します。

<参加者>
石川不二夫 バイオインダストリー協会
石塚健大 私立芝学園
稲葉正和 筑波大学
牛島薫 千葉県立中央博物館
江口一哉 私立芝学園
岡田祥宏 筑波大学
加藤牧菜 筑波大学
斎藤淳一 東京学芸大学附属高等学校
斎藤三男 実践生物教育研究会
佐々木麻衣子  クラリネット奏者
須田英子 筑波大学
蘇保_ 北京国立医学院
高橋勝彦 バイオインダストリー協会
堤正好 エスアールエル
東田英毅 旭ガラス
前川史 筑波大学
増井徹 国立衛生研究所
ダリル・メイサー 筑波大学生物科学系


勉強会の流れ
 今回はまず、いつもの勉強会の場をお借りして、メイサー先生がバイオインダストリー協会(JBA)から委託された研究成果を発表する講演会という形をとる旨をお知らせしました。発表者は、筑波大学院でメイサー先生の下勉強をしている稲葉正和君でした。また、小泉先生、井上先生から不参加お詫びのメールをいただいたことを報告しました。今回の勉強会では、発表内容をまとめたパンフレットを配布しました。そのなかから抜粋して、報告させていただきます。
 ユウバイオス倫理研究会では過去十年にわたって、一般の日本人を対象としたバイオテクノロジーに関する意識調査を行ってきました。今回は、同様に行われた1991年、1993年、1997年、2000年の調査結果との比較を踏まえ、人々が遺伝子操作とバイオテクノロジーに対して抱いている関心や理由付けを報告しました。質問内容は特に、バイオテクノロジーの農業または医療への応用についてでした。また、これらの調査に見られる、一般市民と、科学者の上げた理由付けの相違についても比較検討され、その結果も報告しました。
 根本的倫理原則のひとつに、害を与えない(non-maleficence)があります。一般に浸透している安全性評価の裏には、この原則が流れていると言っても良いでしょう。遺伝子組み換え(GM)食品に反対するNGO団体からは、長期的なリスク評価の必要性が叫ばれています。
 トレーサビリティー(追跡性)のシステムは未だ開発中です。日本で狂牛病が発見されてからは、このことが更に重要視されたため、牛に関しては、システムが導入されることになりました。BSEの恐怖によって、追跡システムを日本の農業に取り入れるきっかけが出来たものの、完成には程遠いと思われます。こういったシステムに対する一般の信頼は低く、大企業の表示不正などがその原因として挙げられます。
 GM食品に関しては、消費者の“知る権利”を攻撃する事によって、食品表示に対する政府の姿勢を逆転させるにまで至りました。1997年には、表示を退けているのに対し、2001年4月からは、表示が義務付けられるようになりました。JAS法のもと、消費者の選択の自由を考慮して、2000年4月農林水産省は、遺伝子組み替え技術によって生産された食品、または食品添加物に対し、表示を義務付けました。さらに、厚生労働省も、公衆衛生の観点から、遺伝子組み替え技術によって生産された食品や、食品添加物の調査を、食品安全調査委員会に依頼しました。 2002年を通じて起こった表示不正事件によって、消費者の表示に対する信頼は覆される事となりました。
 1990年代を通じて、日本でもGM作物のフィールド実験が繰り返されていましたが、環境への有害な影響は報告されていません。現在では農地サイズでの実験も行われているが、日本は未だGMOを商業化するに至っていません(James, 2002)。
バイオテクノロジーが農業に与える利点としては、化学肥料などの使用量が削減される点が挙げられます。過去に、水俣病などの公害病を経験している事もあって、日本人は環境汚染物質に関してはとても敏感である。殆どの日本人が、輸入食品にはより多く残留農薬が付着していると信じていますが、全体的に見たときに、これは実際は誤った認識です。過去にメイサーが行ったアンケート調査(1992a,1994a)や、ここに記す調査の結果から、1991年から2003年にかけて、GM食品による農薬の使用量削減に対する一般の意見には殆ど変化が無い事が分かりました。これは、このことに対する宣伝や報道が殆どなされていない事が原因だと思われます。GM食品が低コストでより多くの生産につながる、という主張は、日本の農家や消費者にも当てはまります。農業は単に実利的なだけではありません。農業、漁業、そして林業と言ったものには、重要な文化的価値やアイデンティティーがあります。
ランダムサンプリング法を用いて、一般のサンプル群を集めました。2003年に行った郵送アンケートは、稲葉正和の協力を得て行われました。他にも、須田英子、岡田祥宏、高橋正行、小野寺麻理子、丹羽史桂、前川史、そして加藤牧菜の助力を得て行われました。2003年のアンケートは、1991、1993、2000年に行われた郵送アンケートと同様に、日本の一般家庭にランダムに配布されました。しかし、回答率が1991(26%)から1993(23%)へ、また、電話で行った1997(44%)から郵送で行った200(12%)へと減ったため、2002-2003の調査では、配布者が個人的に各家庭を回るときに、その家の人に直接、アンケートの記入をお願いしました。アンケート用紙は返信用の封筒に入れ、記入が終わったら送付してもらうようにしました。この結果、返答率は2000年よりも増加しました。
科学に対する全体的な態度は、表3に記したように、害よりも利益のほうが多い、というのが一般的です。今回の2003年国内調査で、遺伝子工学は開発する価値があると答えた人は、回答者の60%で、1993年に同様の質問をしたときの57%とほぼ同じ結果となりました。開発する価値がない、と答えた人は8%にとどまり、これもまた、1993年の10%とほぼ同様の割合となりました。遺伝子工学に対する関心度は、2000年がピークだったといえます。表7は、1997年から2003年にかけて、特定のバイオテクノロジーの適用に対する意見の変遷を表しています。遺伝子治療に対する支持率は引き続き高い値を示しています。約半数の人が、病気の治療研究のため、遺伝子バンクに自らのDNAを提供すると答えています。しかし、1993年に比べ、2003年にはプライバシーへの関心が高まっていることが明らかになりました。また、すべてのグループにおいて、不信感は高まっています。
 他のサンプルとの比較のため、表1に特徴のサンプルを挙げます。回答者は多様な職業と、都市部や農村部両方から構成されています。地理的分布は、表2に示したとおりですが、アンケートを配布できなかった県もいくつか存在します。
次に示す表3は、一般の人が科学をどれくらい容認しているかの指標です。依然として、その容認度は高く、半数近い回答者が、利益のほうが多いと答えています。
さらに、特定の科学技術に関する一般に認識度についても、表4のような結果であることを発表しました。
バイオテクノロジー全般に対する意識についても表5のような結果が出ました。興味深いことに、日本では国連機関を信用すると答えている人が過半数を超えたのに対して、政府機関を信用しないと答えた人も過半数を超えています(表6)。
 発表中、いくつか質問があがりました。まず、バイオテクノロジーの定義づけの中に、インフォメーション(ゲノム情報であるとか、DNAから抽出された情報等)は含まれるのか、含まれないのか、という質問が挙がりました。これに対しては、その情報が使用されたときだけ、バイオテクノロジーであると言える、という応えでした。また、「生命倫理は愛の原則である」と言い表すときに、「愛」とはどういう定義づけで使用しているのか、という質問が挙がりました。それに対してのメイサー先生の応えは、「愛」には唯一つの定義があるというよりも、複数の意味を内包したものである、というものでした。
アンケート調査での回答の傾向と、実際の行動との間には、隔たりがあるのではないかという指摘がありました。中絶に対する質問では、生命を尊重するという応えが多いのですが、日本では中絶される胎児数は多く、理想と実態に開きがあるのではないかという例が挙がりました。
15分の休憩のあと、全体討論に移りました。
最初に、一般の人と科学者とで、アンケートの回答に大きな差がなかったという点がとても興味深いと言う意見が挙がりました。


基本的な知識の差で、回答にどのような影響が出てくるのか、という質問に対しては、最終学歴や職業が回答に与える影響は少ないという応えでした。学歴よりも職業の方が、科学の容認度などに影響を及ぼすようです。今回のようなアンケートを実施する際に、例えば先天異常の代表的な例としてダウン症などと例を挙げる事は、一部の人にとっては不快な事なのではないか、言葉の使いかたには配慮しなければいけないという指摘が挙がりました。それに対して、例えば筋ジストロフィーなどは事実、重篤な遺伝病であり、それに反論する人はいないでしょうけれど、その事と出生前診断などが関連付けられてしまうことに、抵抗を示す人はいるだろうという意見が挙がりました。実際の所筋ジストロフィー学会の人たちや、家族の方が、むしろ出生前診断に対して肯定的であるという日本での状況があるようです。
 科学に対しての理解と、科学の容認度は、必ずしも一致しないものの様です。一般的に科学者は自分の仕事と関連する部分もあるため、科学技術を支持する傾向にはあります。しかし、市民の方が倫理的な理由を挙げる傾向が強いようです。科学者の方が、アンケートで聞かれていない(倫理的側面など)ことを書かないということもあるでしょうし、一般市民のほうが日常生活とリンクして考えるということも挙げられるでしょう。
 日本には、国の決めたガイドラインなどはありますが、確固とした枠組みというものが無い、という現状を、どう受け止めるか、という質問が挙がりました。これに対して、特に日本では市民が声を挙げないという現状があって、まず、国民の声を聞けるような手段や、場を提供開発していく事が必要なのではないか、双方向での意見交換が様々な場面で出来れば良いのではないか、という意見も挙がりました。
 学校レベルでは、どのように生命倫理の問題を考えさせていくか、ということと、それを実施する場がないという問題があるという点が指摘されました。社会科の教科書には、生命倫理という項目が含まれ、カリキュラム的に認知されるようにはなったものの、教える側のリテラシーであるとか、教材や時間的拘束がまだまだ検討されなければならないという点も指摘されました。
 現在の日本の社会は、科学や技術抜きでは語れなくなっており、その点をしっかり理解し、踏まえた上で倫理的な問題を議論していかなくてはならないだろうという指摘が有りました。倫理・道徳・モラル・エシックスなど、色々言い方はありますが、例えば江戸時代の道徳観と、現在の道徳観では差があるのではないかという指摘もありました。まず、事実としての科学技術に関する知識を充分に提供する事が大前提ではないでしょうか。
 
 全体討論のあと、メイサー先生が関わっておられる、ハプロタイプマッピング計画についてのお知らせがありました。
 白熱した議論が続き、いつもより30分以上時間を延長したところで、勉強会を終了しました。そのごの会食の席でも、引き続きディスカッションを行いました。
今回はJBAでも勉強会の告知がなされたということで、いつもとは違った顔ぶれが大勢参加してくださいました。その分、通常メンバーの参加が少なかったように思います。

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