ダリル メイサー (Darryl Macer)
(〒305 つくば市 筑波大学 生物科学系
「日本人は植物遺伝子工学を受け入れている」 (1992) 植物細胞工学 4, 358-361.
ニュージーランドで1990年に行なわれた調査で使用されたもの(3)と同じ質問を用い、いくつかの科学と技術の発展に対する一般市民の意識と態度を調査しました(N=538)。一般市民の97% は「バイオテクノロジー」という言葉を少なくとも聞いたことがあり、「農薬」は96%、「光ファイバー」は96%、「体外受精」は95%、「遺伝子工学」は94%、「超伝導」は88%、「病虫害の生物防除」は75%の人が聞いたことがあると答えました。1991年2月に 環境庁で行なわれた調査でも(N=1363) (4) 97%の人が「バイオテクノロジー」という言葉を知っていると答え、この数値は本調査の結果と同じでした。しかしニュージーランドでは57%の人が、またイギリスで1988年に行なわれた調査(N=2000) (5)ではたった38%の人が「バイオテクノロジー」という言葉を聞いたことがあると答えたに過ぎませんでした。
日本人の多くは、生物学分野での科学技術の発展に伴う利益とリスクの両方を認識しています。生命に係わる技術は、生物とは直接関係のないものと同じように価値があると受けとめられています。しかし「いのち」に直接影響を及ぼす技術の方が、直接的影響を及ぼさない理工学の発達よりもそのリスクが懸念されています。これは国際的にも同様で、遺伝子工学は利益とリスク両方の入り交じった感情を呼び起こしています。
「遺伝子工学」という広義の用語に含まれる技術に対する懸念よりさらに具体的に、人間、動物、植物、微生物の4種の生物の遺伝子操作に対する意見を調べ、なぜ許されるのか、利益や危険性があると思うか、などを自由に答えてもらいました(表1)。もっとも良く知られているものは植物の遺伝子操作でしたが、日本でもニュージーランドでも植物の遺伝子操作の許容度が最も高く、続いて微生物、動物、人間の順で遺伝子操作の許容度が低くなります。これらの許容度の順序は1986年にアメリカで得られたデータ(6)と同じです。
受け入れられない理由はおそらく本調査の最も興味深い部分でしょう。回答は様々でした。人間の細胞の遺伝子操作で最も一般的な回答は、「非倫理的」、「悪用の危険性」、「優生保護的」、「規制の不備」、また、「不自然」、「神への冒とく」、「未知への不安」等でした。遺伝子操作は、「自然の営みに介入するもの」、あるいは 「神への冒とく」 と答えた人も、受け入れられないとした人の30%にのぼりました。多くの科学者はこのように考える人々を非合理的だとしますが、このような視点を持つ人はニュージーランドと日本の科学者や教師でこういった技術は受け入れられないとした人のうちに16%もいることは、注目に値します。
植物、微生物の遺伝子操作が最も利益をもたらすと考えられている(表1、問7c)のに対し、動物ではかなり低くなっていますが、それでも教師と科学者の約70%以上が利益を見出しています。人間の遺伝子操作ではさらにその割合は低くなりました。動植物は当然のことながら農業上重要と考えられ、これらの遺伝子操作は新品種の育成や食糧の増産を助けるものと考えられています。農薬の代替物として遺伝子工学を使用することも取り上げました(表1、問16f)。農業での遺伝子工学の発展を求めるこの発言は一大争点であり、この結果から多くの人々が発展を支持していることがわかります。しかし植物の遺伝子操作がもたらす環境への利益を挙げているのは10%足らずの人に過ぎません。
遺伝子操作のリスクは、一般市民よりも高校の教師の方が意識していますが、利益を見出す人も後者の方が多くなっています(表1)。全般にリスクは「自然の営みに介入する」という事よりも人による悪用その他の活動に関係しています。また、質問がより具体的だった為、多くの回答者が奇形や突然変異の問題を挙げています。生態系、環境問題に加え、遺伝子、ウイルス、遺伝子操作生物の拡散に関連したリスクを挙げた人も多く、ニュージーランドに比べ日本の方が不安が大きくなっています。微生物に比べると植物の遺伝子操作に対しては懸念が少ないのですが、動物の遺伝子操作への不安は大きく、人間の細胞が関係すると不安は最も強くなります。
遺伝子工学の環境への特定の応用について、人的リスクがなく、環境への影響がほとんどない場合、どう思うかも質問しました(表2)。研究全般よりも遺伝子工学の個々の応用に対する支持の方が高いという事実は、一般市民は詳細がわかればテクノロジーの有益な活用をより支持することを示しています。日本ではこれまでに遺伝子操作生物の野外放出はわずか1件しかありません。国際的には既に500件近くあり、他の国々では何種類かの遺伝子操作生物や遺伝子操作生物を使った生産物が一般に売られていることを考えると、日本の政府機関は遺伝子操作生物の野外放出に神経質過ぎるというべきでしょう。本調査の結果によると植物の遺伝子操作は容認できるという点で意見は広く一致しています。遺伝子操作を使って作った病気や霜に耐性のある植物の野外放出も、環境へのリスクが微小な場合に限り、受け入れられるとしています。
日本の科学者は一般市民に比べると人間の細胞や動物の遺伝子操作にはそれほど懸念を持っていませんが、植物や微生物の遺伝子操作では懸念度は同じでした。科学者は全ての生物における遺伝子操作に一般市民よりも利益を認めています。高校の生物の教師は一般市民に比べ著しく多くが遺伝子操作にリスクと利益の両方を認めています。どのグループの回答者も遺伝子操作を受け入れる理由、そして彼らが認識している利益とリスク、また遺伝子操作生物から作られた食品の消費に関する懸念について種々様々な例を挙げました。
その後、次の様な質問を続けました。「次のものが遺伝子操作された生物を使って作られるとしたら、それを使うのが心配ですか?」。野菜は特に一般市民の間では不安が少なく、肉類は生産物の中で最も心配されています。乳製品に対する不安は野菜と肉類の中間でした。一般市民はおよそ半数が心配し、半数が心配していませんでした。ニュージーランドでは、科学者と教師よりも一般市民の方が遺伝子操作生物で生産された食物、医薬品の摂取を心配していました(約40%)。日本人に比べニュージーランド人は遺伝子操作生物を含む、またはそれによる生産物の消費をあまり心配していません。最も大きな違いは高校の生物の教師の意見で、日本の教師の方がより懸念しています。日本の科学者もニュージーランドに比べ懸念していますが、日本の企業で働く科学者は政府機関の科学者ほど懸念を表していません。日本の大学生は高校の生物の教師に非常に似た意見を持っていました。
一般市民、学生、高校の生物の教師、科学者、学術関係者全体の意見は多くの質問で類似しており、またその理由も似通っていました。ニュージーランドで行なわれた調査の結果よりも、日本の上記のグループの視点は均一のようです。遺伝子工学に関する意見では、教育による違いは日本の場合アメリカほど顕著ではありませんでした。
遺伝子工学関連の倫理的、社会的、環境上の問題の討論を学校と大学教育課程に含めることに関しては、強い支持が表明されています。これらの討論では代替技術や異なるアプローチをも議論すべきでしょう。ニュージーランドに比べると日本の高校では遺伝子工学に関連するこれらの問題が議論されることはずっと少ないようです。私たちは意思決定の基礎をもっと学ぶべきであり、教育システムは現代生活のこのような必要性に対応しなくてはなりません。
遺伝子操作を施した生物の農業目的の野外放出といった遺伝子工学の分野では、日本はその応用が非常にゆっくりです。国際的に認められた倫理と安全基準を適用することを条件に、日本の人々にも医薬品や農業分野で新しいテクノロジーを使う道が与えられるべきです。
この論文の作成にご援助頂いた原田宏教授に感謝致します。
2. メイサー, ダリル 遺伝子工学の日本における受けとめ方とその国際比較 (ユウバイオス倫理研究会 1992)。
3. Couchman, Paul K. & Fink-Jensen, Kenneth Public Attitudes to Genetic Engineering in New Zealand (Christchurch: DSIR 1990).
4. 環境庁「バイオテクノロジーと環境保全について」の調査結果 ( 環境庁 1992)。
5. RSGB Public perceptions of biotechnology: interpretative report (Ref. 4780, March 1988).
6. U.S. Congress, Office of Technology Assessment, New Developments in Biotechnology, 2: Public Perceptions of Biotechnology - Background Paper (May 1987).
表1:各生物の植物の遺伝子操作の許容度
問7a. 「植物の遺伝子を操作する」ということについて、どの程度聞いたり、読んだりしたことがありますか。次の中から選んでください。1 聞いたことがない
2 そういう言葉は聞いたことがある 3 聞いたことがあり、内容もいくらか理解している。
問7b. 「植物の遺伝子を操作する」という生物学的方法を使っても良いと思いますか。
問7c. 「植物の遺伝子を操作する」ことは、日本に利益をもたらすと思いますか。
問7d. 「植物の遺伝子を操作する」ことは日本において危険をもたらすと思いますか。
問16f. 次の発言についてどう思いますか。「遺伝子操作で作られた動植物は日本の農業における化学農薬の 使用量を減ずるのに役立つ。」
問19. もし人間に対して危険がなく、環境に対してもほとんど悪影響がないとしたら、あなたは次のものを作る遺伝子操作生物の環境中での利用に賛成しますか。
耐霜性作物, より有効な殺虫物質や枯草物質, 油汚染除去用細菌, 耐病性作物, より大きい釣り競技用魚類
Darryl Macer
Opinion surveys of public, scientists and high school biology teachers throughout Japan were conducted, and some results relevant to plant genetic engineering are summarised, making national and international comparisons. There is overwhelming support for genetic engineering of plants, and for environmental releases of disease-resistant and frost resistant plants made using genetic engineering in Japan. The majority of people perceive both benefit and risk from genetic engineering, and the views of public and scientists are similar.