学校における生命倫理教育ネットワークニュースレター
Vol.1(2) August 1997


編集:浅田由紀子
発行:ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授)
生命倫理に関する教育研究グループ
〒305 茨城県つくば市 筑波大学生物科学
FAX:0298-53-6614 / TEL:0298-53-4662
Email < asianbioethics@yahoo.co.nz >.
ここには、ハードコピー版ニュースレターの情報がすべて掲載されていません。ハードコピーをご希望の方は、上記までご連絡ください。
目次
編集室から
学校における生命倫理教育ネットワーク 第5回勉強会報告ー「環境倫理」をテーマに
イベント情報
教材発掘
第6回勉強会のお知らせ
第7回勉強会のお知らせ

学校における生命倫理教育ネットワーク とは

 教育における生命倫理の役割、生命倫理における教育の役割を探るために、1996年12月に発足したネットワークです。隔月の勉強会、ニュースレターを通じて、ネットワークは、生命倫理教育に興味を持つ人々をつなぐ場としての機能をはたします。
編集室から
 エルニーニョ発生のため今年は冷夏。との予報は見事にはずれ、毎日、暑い日がつづいております。皆さん、お元気でいらっしゃいますか?
 ニュースレター第1号には、たくさんの先生方から暖かい励ましと応援のお言葉をいただきました。どうもありがとうございます。ぜひ、こういった先生方の声が、ニュースレターを活発な発言の場へと育ててくれる原動力となるよう、期待しています。
 あと半月もたてば、もう2学期がはじまりますが、この秋は、忙しい秋となりそうです。まず、次回勉強会は、9月6日(土)、東京都立日本橋高校で予定しております。東京都立足立新田高校の白石直樹先生が、脳死についての授業実践報告をしてくださる予定です。臓器移植法案も通ったばかり。今後、臓器移植や脳死に関する教育もますます必要とされるのではないでしょうか。
  11月1・2日には、筑波大学にて、第9回日本生命倫理学会年次大会が開かれます。2日の生命倫理教育分科会では、ネットワークにご参加くださっている数名の先生方も、発表される予定です。次々回(第7回)勉強会は、特別に、この日本生命倫理学会にご参加いただくというかたちを取れればと考えております。会場に足を運ばれる先生方が多くいらっしゃれば、生命倫理教育に興味のある研究者や、普段、交流のない教育者の方々と、交流会を企画したいと思います。お忙しいこととは思いますが、ぜひ、ご参加ください。
 尚、次回、ニュースレターは、第6、7回勉強会を終えた後、生命倫理学会の報告も含めて11月にお届けする予定です。ご了承ください。
 それでは、秋に様々な場面で先生方とお会いできることを楽しみにしております
浅田由紀子
ご投稿、ご意見、情報提供をお待ちしています!
<ニュースレター第2号への掲載希望記事の締め切り> 11月15日
書式自由、字数制限特になし(4000字を越える場合は、事前にご相談ください)
できれば、Email < asianbioethics@yahoo.co.nz >.、あるいはフロッピーディスク(マッキントッシュ/ 720KB / 1440KB)でお送り下さい。
最近、先生方から、もう少し「教育」ということに焦点を合わせたいという意見を、よく耳にするようになりました。他の先生方はどのようにお考えでしょうか。ぜひ、ご意見をお聞かせください。

 第5回勉強会報告 -「環境倫理」をテーマに-

<とき・ところ>
1997年7月12日午後3時〜6時00分
麹町学園女子高校にて

<テーマ>
環境倫理教育と生命倫理教育

<ねらい>
1. 環境倫理教育の課題と論点は何か?
2. 環境倫理教育と生命倫理教育の連携の可能性はどこにあるか?

<キーワード>
人類は地球のガン細胞?、自然の権利、世代間倫理、サイキックナミング(心的無感覚)

<参加者>
社会科
葦名次夫先生(東京都立富士高校)
石塚和美先生(千葉県立長狭高校)
井出知綱先生(埼玉県立鷲宮高校)
井上兼生先生(埼玉県立大宮中央高校)
大谷いづみ先生(東京都立国分寺高校)
小泉博明先生(東京都麹町学園女子高校)
田中裕巳先生(名古屋大学教育学部附属高校)
三浦俊二先生(埼玉県立草加高校)
水谷禎憲先生(東京都立大泉学園高校)

生物科
斎藤三男先生(東京都立井草高校)
白石直樹先生(東京都立足立新田高校)
細田真奈美先生(埼玉県立浦和第一女子高校)

雨宮浩二(筑波大学環境科学研究科)
日暮久敬(筑波大学環境科学研究科)
横山恭子(筑波大学環境科学研究科)
メイサー、ダリル(筑波大学生物科学系)
浅田由紀子(筑波大学環境科学研究科)
勉強会の流れ

オリエンテーション、アイスブレーキング(15:00〜15:40)
 まず、第5回勉強会のねらいを説明し、大宮中央高校の井上兼生先生に発表をしていただくこと、その後グループに分かれて話し合いをすること、話し合ったことや思いついたことは積極的に紙に書く方法を取ることなど、大まかな流れをお知らせしました。また、このとき、勉強会の様子を録音してもよいとの了承を参加者の先生から得、録音を開始しました。そして、コメントシート(報告書に載せてみたい提案などを書く欄と、報告書には載せないけれども勉強会の間に気づいたこと、気になったことなどを書く欄からなるA4サイズの紙)を一人一枚ずつ配布しました。コメントシートは無記名で勉強会終了後、回収しました。
  その後、メイサー先生から簡単に、環境教育と環境倫理教育の違いについて話してもらいました。

環境教育:どのように生きているか
(1)環境についての事実を教える
(2)自然の一部である私たちと、私たち以外の自然との関係性を教える


環境倫理教育:どのように生きるべきか
様々な生物についての事実や価値観をどのように倫理的意志決定のなかに織り込むかを教え

 その後、参加者全員で、2人1組となり、自己紹介をしました。この自己紹介では、一方が自己紹介をし、一方は聞き、時間を区切って行いました。その後、2組ずつの4人のグループを作り、パートナーを他の人たちに紹介する他己紹介をしました。このときできた4人のグループを、この勉強会で話し合いをするグループとしました。

井上先生のご発表(15:45〜16:50)
生命倫理教育と環境倫理教育

●環境倫理教育の課題と論点は何か●
○地球環境問題に対する生徒のシラケ、違和感○
 井上先生は、まず、地球環境問題に対する現在の高校生のシラケや違和感を指摘されました。そして、このシラケや違和感の理由として、次の2つの可能性を示されました。ひとつは、高校生たちが問題の巨大さや深刻さを、柔軟な感性で大人以上に敏感に嗅ぎとり、心理的な防衛反応を示している、つまり、「サイキック・ナミング(psychic numbing 心理的無感覚)」に陥っている可能性です。「サイキック・ナミング」とは、広島の被爆地の人々が、あまりにもひどい現実を目の当たりにし陥った心理状態を表すために、米国のリプトンという人が用いた言葉だそうです。作家・大江健三郎氏と評論家・立花隆氏も対談の中で、次のように指摘されたそうです。
「核兵器の巨大化によって始まった全世界的なサイキックナミング(心理的感覚麻痺 psychic numbing)は、より深刻な地球環境問題を通して重く我々にのしかかっている。環境危機がダモクレスの剣のように目の前にぶらさがっているのに、人々は、その本当の巨大さ・恐ろしさを見ることを避けている。」
 井上先生が挙げられたもうひとつの可能性は、地球環境論議につきまとう建前論、抽象論の多さと、現実の取り組みの貧弱さとのギャップに、高校生たちもうさん臭さを感じているということです。井上先生はこれまで、授業で、ビートたけしの「『地球にやさしく』なんかできない」(1, 2) というエッセイを紹介し、生徒たちの反応を見ていらっしゃいますが、90%近くの生徒が、「地球環境ブーム」に「とうせ、ふりだけ」と毒舌をあびせたたけしに共感を示したそうです。
 1992年にブラジル、リオ・デジャネイロで開催された地球サミットの真っ直中、バブルがはじけた社会背景も影響しているだろうと指摘されました。

○これまでの環境教育の問題点○
 次に、このような、生徒たちの地球環境問題に対するシラケや違和感を生み出してしまう、これまでの環境教育の問題点を挙げられました。
 まず、第1に、地球環境問題の深刻な状況を現象としてのみ掲示してしまい、「生態系における人間の客観的な位置づけや役割」という視点が不十分だという点を挙げられました。埼玉県で、12高校、1090人の生徒を対象に、1996年に行われた調査 (3) では、「人間は地球にとってどのような存在だと思いますか。1つ選び出してください。(選択肢:地球の支配者;地球の管理人;地球にとってガン細胞;地球の生態系の一部であり、その意味では他の生物と対等;その他)」という設問に対して、およそ35%の生徒が、人間は「地球にとってガン細胞」と答えたそうです。この調査結果から、井上先生は、環境教育をやればやるほど、生徒たちを、人類という種レベルでの自己否定・ニヒリズムに追い込んでしまう危険性があると指摘されました。
 第2に、「個人の倫理的自覚」「足下からの行動」ばかり強調し、「地球規模での環境問題の克服」という、かけ離れたレベルへと橋渡しするための説明や論点が提示されていないという点を挙げられました。例えば、教科書などでは、シュパイツアーの思想など達人倫理を挙げていますが、達人と普通の人々があまりにかけ離れており、「自分など絶対、こんな風には生きていけない」と思わせてしまうと指摘されました。

○環境倫理教育の課題○
 環境倫理教育の課題として、以下のような点を提示されました。
 第1に、環境問題の入口の手前でシラケ、思考を放棄している状態から生徒たちを抜け出させ、環境問題の議論・思索へと導き入れることです。このためには、生徒たちが主体的に取り組みはじめ、「議論してみよう」と思うことが大切です。
 第2に、生態系における人間の積極的役割の可能性・存在意義を、具体的に提示する必要性です。そのひとつの例として、井上先生は、生態学における次のようなパラダイムの転換を紹介されました。これは、従来の自然保護思想においては、生態系への人間の介入は、排除されるべきマイナスの撹乱要因とされていたけれども、人間(人間社会)を、生態系への責任主体と捉え返し、人間(人間社会)に物質循環を積極的に豊かにするという役割をあたえる、物質循環論の立場への転換です。つまり、かつては、「生態系は安定なものであり、系全体の安定性は、系のすべての成因の相互関連性と相互拘束性によって保たれる」と考えられていたけれど、「生態系は、流れつつ複雑化し、複雑な多様性が自らを変容させつつ、新たなものを生成し、創出する」と捉える直すこともできるということです。この場合、自然保護の目標も、きわめて稀な極相林などを除けば、現状の化石化ではなく、「多様性の生成機構の保全」ということになり、人間による撹乱も生態系を豊かにするという、良い意味をもつ場合もあるということになります (4-8) 。例えば、里山などはその好例です。さらに、文明は必ず砂漠化するとされていたけれど、江戸はその反証を示すということ、現存する絵画の分析から、明治から昭和初期にかけては江戸時代より、自然が豊かだったかもしれないという見解など、都市や文明ですら積極的な意味を持つ可能性をご指摘いただきました。
 第3に、「囚人のジレンマ」「コモンズの悲劇」「フリーライダー問題」(9) など、地球環境問題が抱える原理的ジレンマや構造的問題を議論・考察させる論点を、わかりやすい形で具体的に提示する必要性です。これは、問題を、結局のところ出口のないジレンマにすぎない「個人の倫理」に還元しないということです。
 第4に、「地球規模の環境問題」と「地域の等身大の環境問題」が通底しているという視点の重要性です。例えば、公害教育も一役買うだろうと指摘されました。
 第5に、環境問題への取り組みの実践例をきちんと紹介すること、さらに、生命倫理教育、開発教育(南北問題を扱うもの)、STS教育(科学、技術、社会にかかわる問題を総合的に扱おうとする教育)、人権教育などとの連携の必要性を挙げられました。

○環境倫理の主な論点をめぐって○
 まず、加藤尚武氏の、環境倫理学の3つの主張、(1)自然の生存権、(2)世代間倫理、(3)地球全体(有限)主義 (10) の受け入れられ方について、お題目として一人歩きしてしまっているが、加藤氏自身も後に言われたように、この3つの主張は、あくまでも、論点として提示・考察されなければならないと述べられました。
 次に、人間/自然、開発/自然保護、先進国/途上国、人間中心主義/生命中心主義、還元論/全体論、などの二項対立的論点は、デイベートのテーマなど、問題提起の方法としては有効だけれど、そうした二項対立図式の前提となる枠組みそのものを問う視点をも、併せて提示することが重要とのご指摘をいただきました。そのひとつの例として、鬼頭秀一氏の「自然保護を問いなおす」(11) の次の一節を、人間/自然という二分法を脱却する試みとして紹介されました。
「普遍的な徳目としての環境倫理を排して、多様な文化をもったそれぞれの地域の社会のあり方から、ローカルな環境倫理のあり方を、その社会における、社会的・経済的リンクと、文化的・宗教的リンクのネットワークの全体の中で模索し、そのネットワークのシステムとしての普遍的な倫理を確立しようというあり方」

●環境倫理教育と生命倫理教育との連携の可能性はどこにあるのか●
○環境倫理学と生命倫理学(バイオエシックス)の関係○
 井上先生は、環境倫理学と生命倫理学(バイオエシックス)には多くの共通点があるとして、次のような点を挙げられました。
 まず、どちらも、1960年代から1970年代の市民運動やエコロジー運動から生まれ、「いのち」と科学技術の関わりによって生じた問題が対象だという点です。次に、戦後の倫理学の流れを受けて、どちらも、応用倫理学(実践倫理、臨床倫理)の分野に入るということです。これは、机上の空論が許されない問題への対処が課題という点で共通、というです。さらに、東西・個人の死生観のみでは語れない、つまり、「個人の倫理」のみには還元できないシステム論敵視点の重要性という点でも、共通しています。そして最後に、どちらも超学際的性格を持っています。
 次に、環境倫理学と生命倫理学(バイオエシックス)は、現実的に、そして原理的にちぐはぐなのだから、現実を見て、ともに語れる言葉を探すことが大切とする加藤尚武氏の論などをご紹介いただきながら、環境倫理学と生命倫理学(バイオエシックス)の対立点を挙げていただきました。すなわち、バイオエシックスでは、「個人の自己決定」が基礎原理となり、自己決定権還元主義を取るけれども、環境倫理学では「全体の存在可能性」が基礎原理となり、個人が制限されてもある程度は仕方がないという立場を取るということです。しかしながら、自己決定中心主義のバイオエシックスは米国に特徴的なだけであり、欧州などでは、また別の形の生命倫理が受け入れられているということもご説明いただきました。そのひとつの見方として、米本昌平氏が、欧州の生命倫理は思想面を重視しており、米国の生命倫理は実践面を重視しており、日本の生命倫理はどちらもだめ、と見ているとご紹介いただきました。

○環境倫理教育と生命倫理教育との連携の重要性○
 最後に、環境倫理教育と生命倫理教育との連携の重要性として、生徒を、個人レベルの出口のない倫理的ジレンマの中に置き去りにしないために、人間も含めた生命と科学技術との関わりを考察するためには、多角的・総合的視点が不可欠であるとまとめられました。その手がかりとして、ぬで島次郎氏の、人間の誕生と死亡への働きかけについての文化人類学的考察 (12) 、鬼頭秀一氏の人間と自然の関係を「かかわり」という視点で分析した見方、森岡正博氏の「私たちは、地球上の自然を痛めつけるのと同じようなやり方で、私たち自身の生命をも痛めつけているのではないか。この点に注目することで、私たちがいま直面している問題群の本質が、いっきに見えてくるのではないか」(13) という見方などを紹介され、科学技術の介入と、様々な関係性の変化について、お話をいただきました。また、こういった環境倫理や生命倫理の議論が、「権利」という概念をキーワードとして行われているというご指摘の後、権利とは結局のところ、加藤尚武氏の言葉を借りれば、「アニミズムの最終的近代的形」、つまり、あいまいなものであり、「生命尊重」の原理は、ある明快な道徳原理であるというよりも、むしろ論争課題なのではないか、とする吉永潤氏の考え方 (14) を紹介していただきました。

 今回の井上先生のご発表で、参加者全員が何よりも驚いたことは、参考資料として挙げられた資料の豊富さです。井上先生にご用意いただいたレジュメを、紙面の都合上、載せることができず非常に残念ですが、以下に、井上先生ご自身が挙げられた参考文献と、当日の資料の引用文献を挙げさせていただきます

1. 朝日新聞 社説「ビートたけしと地球環境」(朝日新聞、1992、6、18、p 12
2. ビートたけし「みんな自分がわからない」新潮文庫
3. 埼玉県立南教育センター「高等学校における環境教育のあり方に関する調査研究」1997
4. 井上兼生「地球生態系における人間の存在意義ー環境倫理教育の視点から」
5. 鬼頭秀一「環境教育におけるSTSの視点ー山口大学での実践からー」
(「日本環境教育学会第2回大会・研究発表要旨集」、1991)
6. 柴谷篤弘「構造主義生物学とエコロジー」(「情況」1990年9月号)
「自然保護について最近生じた思考の転回」(「技術と人間1990年7月号)
7. 武内和彦「環境想像の思想」東京大学出版会
8.  田敦 「エントロピーとエコロジー」ダイヤモンド社
「熱学外論」朝倉書店
9. 松原望「地球環境問題へのゲーム論的接近」
(「講座・地球環境4 地球環境と政治」中央法規、1990)
10. 加藤尚武「環境倫理学のすすめ」丸善ライブラリー
11. 鬼頭秀一「自然保護を問いなおす」ちくま新書
12. ぬで島次郎「脳死・臓器移植と日本社会」(弘文堂)
13. 森岡正博「生命観を問いなおす」ちくま新書
14. 吉永潤「論争課題としての「生命尊重」」
(「『道徳』授業研究1993年6-7月号、14-16頁)

その他
▼「アエラムック4 環境学がわかる」朝日新聞社
▼朝日新聞社説「この星と蛍と人間と」1996、5、6
▼井上兼生「環境倫理教育の課題と論点ー高校公民科「現代社会」「倫理」の場合ー」
(社会科教育全国協議会・1994年度東京大会、提案要旨)
「いまなぜ倫理なのか 生命倫理と環境倫理について」(「浦和高校図書館報1992)
▼植田和弘監修「地球環境キーワード」有斐閣双書
▼「美味しんぼ13 激闘鯨合戦」小学館ビックコミックス
▼小原秀雄監修「環境思想の系譜・1〜3」東海大学出版
▼加藤尚武「二一世紀のエチカ」未来社、1993
▼多辺田政弘「地球サミットに欠落する視点ー地球よりも地域を救えー」
(エコノミスト、1992、6、12)
▼S. フレチェット編「環境の倫理 (上・下)」晃洋書房、1993
▼C. ポンテイング「緑の世界史 (上・下)」朝日新聞社
▼ 田敦「環境保護運動はどこが間違っているか?」JICC出版、1992

休憩(16:50〜17:00)

グループに分かれての話し合い(17:00〜17:30)
 アイスブレーキングのときにできた4人1組のグループに分かれ、話し合いをしました。まず、ひとりひとりが、「これまで、教師として、学ぶ立場として、人間と環境の関わり合いについて考えてきたなかで、もっともわかりやすい事例はどんなものだったか」について井上先生の発表を踏まえながら、ポストイットに考えを書き込みました。そして、1グループに1枚ずつ用意された模造紙に、ポストイットを張り付けながら、それぞれの関連性を探り問題点を明らかにしていく、という形で話し合いを進めました。気づいたこと、話し合ったことは、随時、模造紙にマジックで書き込むようにしました。

全体でのわかちあい(17:30〜18:00)
 ポストイットを張り付け、意見を書き込んだ模造紙を囲みながら、各グループで話し合ったことを全員に紹介しました。地球環境問題について話すとき、実際に、現実がかなり厳しいせいか、どうしても暗い雰囲気になってしまうという意見が出され、そのせいもあってか、話し合いの雰囲気も「希望に満ちた雰囲気」ではありませんでした。それでも、意見交換は、活発に行われました。

 予定では、全体での話し合いの後、もう一度、それぞれのグループに戻り、話し合いを行い、そして、最後に、全体でのわかちあい、まとめを行う予定でしたが、司会進行をうまく進めることができず、今回の勉強会では、全体でのわかちあいを終え、終了、という形になってしまいました。(1)今日の勉強会で気づいたこと、学んだことは(2)今日、気づいたこと、学んだことをご自分の日々の生活の中で活かしていく方法は(3)その他、感想、意見など、の3つの欄を設けた「ふりかえりシート」(A41枚)を配布し、後日、お送りいただくことにしましたが、残念ながら、あまりたくさんのご意見をいただくことができませんでした。ごくわずかですが、参加者から寄せられた「コメントシート」、「ふりかえりシート」の意見は次のようなものでした。
参加者からのコメント(「コメントシート」「ふりかえりシート」から

環境教育、環境問題
■環境教育とひと口に言っても、様々な観点からの見方があり、一筋縄ではいかない。 ■環境教育の中から1つの単元を取り上げて、生物と倫理から仮の授業を作ってみるとおもしろいと思う。どのように生きているか (1)環境についての事実←社会から   (2)自然との関係性←生物から どのように生きるべきか←生物と倫理から 例 自然と人間のバランス   生態的ピラミッドのなかでどれだけの人間の食料が支えられるのだろうか ■環境問題をめぐっては、さまざまな意見が存在しているということを改めて認識しました。個人の行動を決めるときでさえ、心の中の「悪魔」と「天使」というように、2つの対立が猛烈に綱引きしていると思います。ゆえに、当然ながら、社会のなかでは「環境保全派」と「開発・経済優先派」が競い合って全体の方向づけがされるので、「環境保全派」の私としては、ビートたけしの言うように、環境保護の矛盾を指摘して終わりには出来ません。全力を持って社会を自分の正しいと信じる方向に引っ張っていくことが重要でしょう。それは、私の場合には、研究を行い、その結果や自分の考えを広く一般の人に披露することだと思います。 ■今、自分が、「できること」として意識し続けたいことは「ゴミ」の問題について、分別から始まり、いかにゴミを少なくし、なおかつ無駄をなくすか、ということです。方法については、これというものは挙げることが出来ませんが、「常に意識する」ということでしょうか・・・。

未来は絶望的か?
■今回の会では、地球の将来を悲観した意見に終始したように思いますが、まだ、私たちは人類の将来に対して全力を出しきって努力したとは言えないでしょう。未来はまだ白紙であり、変えられるのだから、私たちにはそのことを強く、生徒に教えてほしいと思います。 ■「人類は地球のガン細胞だ」という比喩があるが、ガンは不治の病であり、今後の地球の危機意識だけが増幅するようだ。ガンを征服するのではなく、共に生きるでなくてはならない。 生命倫理と環境倫理について ■「生命倫理」と「環境倫理」の共通点と相違点が勉強できたと思う。世代間倫理についても、検討を要する内容であろう。

勉強会について〜生命倫理を学ぶ場か?生命倫理教育を考える場か?〜
■先生方の勉強会ということなので、教育者としての意見が多くなると予想していたのですが、思ったより、そのような意見は少なかったと思います。勉強会という性格からでしょうか、先生たちの議論の中心は「教育」よりむしろ現在の「環境問題」の本質はどこにあるのか?といった面に集中していたように思われます。なにか、先生たちの姿勢を避難しているみたいですが、そういうつもりではありません。私も、学問的探求心の旺盛な先生から教えてもらったことの方が、マニュアルどおりに授業する先生の「話」よりより記憶に残っているし、その後の人生哲学にも生きていると思います。しかし、それだけに、「結論」がほしいと思います。 「これこれこうだから・・・こうすべきなんだ」というところまでできていれば、生徒も迷いが少ないと思います。 ■皆さん、真剣に考えていたところがよかったですね。でも、環境問題に対して 思っていた以上にネガティブな視点が出ていたことは意外でした。 今回のグループワークのテーマが、ちょっと難しかったですね。結局のところ みんな自分に返っていく視点で話していたので、例えば、教師としてどのよう な態度を取るかといった視点はあまりなかったと思います。 ■議論を行うためには、もっと明確なテーマの定義づけが必要なのでは? ■グループワークのテーマについてですが、皆さんの環境教育に対する考え方を 聞きたかったので、ストレートに「あなたにとって環境教育(環境倫理教育) とは何か?」といったテーマでもよかったのでは? 全体の時間が短いので仕方がないですが、もっと討論する時間があっても良か ったと思います。次のテーマがすでに決まっているようですが、またいつか、 このテーマを取り上げて欲しいと思っています。 ■初めての参加ということと、知らない方達ばかりなので、緊張の思いでいっぱいでしたが、お互いが相手を紹介しあったり、語り合ったりしながら本題に入っていくという流れにいつのまにか乗ってゆくことができました。この方法は、研究会などで、初対面の人と話し合う機会があるとき参考にさせていただきたいと思います。 ■もっと難しい(堅苦しい)勉強会かと、内心ビクビクしていました。全く畑違いの集団に加わることへの不安もありました。でも、とても楽しく意見交換をすることができ、新しい発見もできました。学校の先生達はやはり、人の話を聞いたり、それを解釈しまとめる力があるということに感心しています。

第5回勉強会を終えて
 今回は、勉強会をあまりうまく進めることができず、結局、尻切れトンボ、のような終わり方になってしまいました。参加者の先生方からのコメントの少なさに、それが表れているように思います。やはり、勉強会の間に、学び、ふりかえり、それぞれ自分のものにしていくことが、大切だと痛感しました。

イベント情報
 このコーナーでは、セミナー、勉強会、会議などをお知らせします。みなさんからの、情報をお待ちしております。

●日本教育学会第56回大会● 8月28日〜30日、日本大学文理学部にて 29日(金)の「人権と教育」部会で、「ヒトゲノム・プロジェクトと生命倫理教育」というテーマで、井上兼生先生(埼玉県立大宮中央高校)と小泉博明先生(東京・麹町学園女子高校)が共同発表されます。
教材発掘
 このコーナーでは、授業で生命倫理に触れる際に参考となる本や論文、記事、テレビ番組、インターネット上のホームページなどを紹介します。みなさんに紹介したいものを見つけたときには、ぜひこのコーナーにお知らせください。

●ビヂテリアン大祭● ちくま文庫「宮沢賢治全集」第6巻 環境倫理、生命倫理の資料として傑作。機会がありましたらご一読をおすすめします。(井上兼生) ●Access Excellence● 米国ゴア副大統領の情報ハイウエー計画とも連携して、GeneTech社が開設した全米の生物の教師のためのホームページ。バイオテクノロジー、遺伝子工学などの授業計画もある。全文英語だが、その情報量の多さと、わかりやすさ、親しみやすさは一見の価値あり。
学校における生命倫理教育ネットワーク第6回勉強会のお知らせ

<とき・ところ>
9月6日(土)15:00〜18:00
東京都立日本橋高校にて

<テーマ>
脳死についてどう教えるか

<キーワード>
脳死、科学的生命観、経験的生命観、学力
<当日のスケジュール>
15:00〜15:30 オリエンテーション、アイスブレーキング
15:30〜16:10 東京都立足立新田高校、白石直樹先生(生物)の発表
16:20〜17:00 グループに分かれての討論
17:00〜18:00 全体でのわかちあい、まとめ

参加される方は、 Email <asada@bombyx.biol.tsukuba.ac.jp >.まで、参加の旨を事前にお知らせください。話し合いを有機的なものにするために、できるだけ、最初から最後までご参加ください。やむを得ず、遅れていらっしゃる場合は、事前にお知らせください。

<日本橋高校への最寄り駅> 営団地下鉄半蔵門線水天宮前駅(2番出口より徒歩2分) 日比谷線・東西線茅場町駅(4b出口より徒歩7分) 日比谷線・都営浅草線人形町駅(A2出口より徒歩10分)

学校における生命倫理教育ネットワーク第7回勉強会のお知らせ
第9回日本生命倫理学会年次大会、生命倫理教育分科会をもって第7回勉強会のかわりとさせていただきます。
●第9回日本生命倫理学会年次大会●
「地球共同体の生命倫理:人類学、哲学と社会的正義」
1997年11月1〜2日 筑波大学にて

●生命倫理教育分科会●
11月2日(日)
健康・病気をテーマとした生命倫理教育
(麹町学園女子高校、小泉博明)
ホームルーム野外合宿の生命倫理的意義、高校の事例から(羽田高校、橘都)
AIDSについてどう教えるか〜人間の生き方と社会のあり方を考えるために〜 (国分寺高校、大谷いずみ)
山口大学一般教育における生命倫理教育の実践 (山口大学、川崎勝)
日本における高校での生命倫理教育ネットワーク (筑波大学、浅田由紀子、メイサー、ダリル)

生命倫理に関する教育研究グループ
浅田由紀子 ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授) 
〒305 茨城県つくば市 筑波大学 生物科学系
FAX: 0298-53-6614 / TEL: 0298-53-4662
Email < asianbioethics@yahoo.co.nz >.
学校における生命倫理教育ネットワーク
オーストラリア,日本,ニュージーランドの高校における生命倫理(日本語版)
Teaching materials in English/生命倫理教育の補助教材(日本語版)
To Eubios Ethics Institute Bioethics Resources
ダリル メイサー