学校における生命倫理教育ネットワークニュースレター
Vol.2 (3) March 1999


編集:岡武志 \(1999年3月まで)
発行:ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授)
生命倫理に関する教育研究グループ
〒305 茨城県つくば市 筑波大学生物科学
FAX:0298-53-6614 / TEL:0298-53-4662
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目次
編集室から 1
学校における生命倫理教育ネットワーク勉強会報告-筑波夏合宿─つくば夏合宿─ 2-6
■第12回勉強会報告ー「遺伝子組換え食品と企業」についてー6-12
■第13回勉強会報告 ー修士論文でのアンケート結果の発表ー 12-14
■第14回勉強会のお知らせ/■第15回勉強会のお知らせ 14
学校における生命倫理教育ネットワークとは
教育における生命倫理の役割、生命倫理における教育の役割を探るために、1996年12月に発足したネットワークです。隔月の勉強会、ニュースレターを通じて、ネットワークは、生命倫理教育に興味を持つ人々をつなぐ場としての機能をはたします。特に高校での生命倫理教育に注目していますが、生命倫理教育に関心のある方ならば、どなたでも参加できます。
編集室から

  ひと雨ごとに暖かくなり、春の風が感じられる今日この頃、ネットワークの皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。誠に遅くなりましたが、ここにニュースレターの第6号をお送りします。
今回は、8月に開いた筑波夏合宿の報告、11月に開いた第12回勉強会、2月に開いた第13回勉強会の報告を掲載しています。また、私達の修論の概要や集計したアンケートの結果などを示します。
私達大学院生は、無事修士論文を書き終え、ほっとしている所です。修士論文を無事書き終えれたのも、お忙しい中アンケートにご協力して下さったネットワークの先生方のおかげであると、院生一同心から感謝しております。
ネットワークの仕事を引継ぎ、早いものでもう一年が過ぎました。ネットワークでは勉強会や合宿を通して様々な先生方とふれあうことができ現場の生の声が聞けて、研究活動等の面で非常に刺激を受けました。幸い私は今年教員採用試験に受かり、4月からは高校理科の教師として現場に立つのですが、このネットワークで学んだ生命倫理教育を、できる限り実践していきたいと考えております。最近、日本において初めて脳死での臓器移植が実施され話題となりましたが生命倫理の問題は難しく、1年間研究しただけでは当然自分なりの考えもまとまりきりませんでした。これからまだまだ学び続けなければならないと考えております。それでは、また会える日を楽しみにしています。1年間ありがとうございました。   
岡 武志


学校における生命倫理教育ネットワーク勉強会報告-筑波夏合宿─つくば夏合宿─

<とき・ところ>
1998年8月9・10日
筑波大学にて

<参加者>
社会科
井上兼生先生(埼玉県立大宮中央高等学校)
大谷いづみ先生(東京都立国分寺高等学校)
大塚啓一郎先生(郡山女子大附属高等学校)
小泉博明先生(東京都麹町学園女子高校)
澤田浩一先生(茨城県立水戸第二高等学校)
杉山登先生(逗子開成中学逗子・開成高校)
田中裕巳先生(名古屋大学教育学部附属高校)
三浦俊二先生(埼玉県立草加西高等学校)
山下亨先生(東京都立日本橋高校)

生物科
白石直樹先生(東京都立足立新田高校)
捨田利謙先生(石川県立小松高校)

庄司進一先生(筑波大学臨床医学系)
板谷裕子さん(筑波大学教育研究科)

林聡子(筑波大学第二学群生物学類)
雨宮浩二(筑波大学環境科学研究科)
小松宏充(筑波大学バイオシステム研究科)
鶴田一司(筑波大学教育研究科)
日暮久敬(筑波大学環境科学研究科)
メイサー、ダリル(筑波大学生物科学研究科)
岡武志(筑波大学教育研究科)


勉強会の流れ

オリエンテーション、自己紹介

 まず、今回の勉強会の趣旨を説明しました。この回の勉強会は合宿という形を取って二日間にわたっており、公民科の澤田先生、生物科の捨田利先生、それに筑波大学臨床医学系の庄司先生の三人にそれぞれ実践例報告を行ってもらうことを説明しました。次に勉強会の流れについて、簡単に自己紹介を行うこと、アイスブレーキングを行い先生の発表を聞いたのちに、全体で話し合っていくことなど、といった全体の大まかな流れを説明しました。
 その後、全員で自己紹介をしました。これは各自、名前と所属、現在行っていることなど簡単な自己紹介を行いました。
 それから、アイスブレーキングを行い、一日目の発表の澤田先生の発表を聞きました。


一日目・午後
社会科 澤田先生の実践例報告
公民科における生命倫理教育指導方法の模索

 澤田先生は、茨城県立水戸第二高校で公民科を教えられています。授業実践ではエイズを扱った生命倫理教育をされているそうです。今回は、生命と倫理をめぐる諸問題を教材化することについて、どういったことを教えてきたかなど様々な事例を挙げて報告してくれました。そして、その教材の材料となるものについて説明していくことを述べられました。
 まず、各大学から出されている小論文の課題についての説明がなされました。これは、入試の小論文対策として何をすればいいか考えたとき、その課題の多くが生命倫理的問題に関係している話題を取り扱っており、小論文対策として生命倫理を扱った授業実践を行っているということでした。例えば人文科学系では、「生と死」や「死の告知」、社会科学系では「地球環境問題」や「脳死」、自然科学系では「障害児の誕生」「遺伝子治療」や「環境倫理」などといった題材が出題されているそうです。このように、生命倫理的な内容のオンパレードなのですが、これを授業で取り扱っていくことは難しいと述べられていました。
 次に倫理科の先生として、今後の倫理の授業の存在対して危機感を抱いていることを述べられました。これは、完全週5日制や新学習指導要領において倫理が選択制となり、現代社会の授業では受験のために政治経済分野に偏ってしまう可能性が高く、倫理が教えにくくなってきていることを指摘されました。これについては倫理はマークシートになじまず、評価も難しいことにも一因があるのではないかと述べられました。その倫理(生命倫理)の扱いについては、今後の展開として「総合学習の時間」の有効活用について指摘されました。この時間で題材をきちんと提示していき生物や倫理といった先生達が力を合わせて生命倫理的な教育を行っていくことの必要性を述べられました。
 次に、授業の実践例について述べられました。まず、生命倫理だけのまとまった時間をとることは難しいので、夏期休業といった時間を使うことを述べられました。そこでは生徒に「子供と教育」「生命倫理」「差別と人種」「環境倫理」といった題材を与え、その中から自分たちの興味を持っているものを調べさせ、それを新聞形式のレポートとして提出させていられるそうです。また、時間があれば生徒にこのレポートを発表させるケースもあるそうです。
 また、授業において新聞記事の活用を行われているそうです。新聞記事の切り抜き等をトピック的に取り上げ、それに対してレポートを書かせてると述べられていました。また同様に、ビデオも授業で積極的に取り上げられているそうです。これは、「世界不思議発見」や「知ってるつもり」などから40分くらいのビデオに編集して、それについての感想を書かせるそうです。また、血友病の輸血によってエイズに感染したライアン・ホワイト君のビデオを使った、エイズ教育も行っていることを述べられてました。
 また、澤田先生は現在女子校にて教鞭を取られており、その女子校に赴任したことによって、男子の視点だけではなく女子の視点や立場が持てたことを述べられました。その事によって気付かれたのは、教科書に女性が登場しないことはおかしいということであり、資料のプリントで女性を取り上げるなどされているそうです。女性の目、男女共生の視点を忘れずにということを述べられてました。
  


二日目・午前
生物科 捨田利先生の授業実践報告
 高等学校生物における生命倫理教育の試み
 
 捨田利先生は、石川県立小松高等学校で生物科を教えられています。近年、生命技術に関連する諸問題が盛んにテレビや新聞等のメディアによって取り上げられており、高校生もある程度の知識を得ているものと考えられます。しかしながら、講義形式の授業の中では、この様な今日的な問題を扱ったとしても、教師側が生徒がどの様にこの問題を捉えているのかを知ることは難しく、また、授業中に挙手をさせて意見を述べさせるのは容易なことではないでしょう。捨田利先生はこの様に考え、生徒から自分自身の意見を多く出させ、また、生徒が他者の考え方も踏まえた客観的な判断をできるように以下の様な授業形態をとっています。@アンケート調査で生徒たちの考えを集約し、それをもとに考えを深める方法と、Aグループに分かれて話し合い、それを発表させる方法です。
 @のアンケートを用いた授業では、他の人がどの様なことを考えているか分かる事によって、生徒の意見はより出やすくなるそうです。この授業は普通科2年の選択生物の教室で行われ、テーマとしては遺伝子診断や脳死の問題について、新聞のような一般向けに発せられた情報でなるべく新鮮なものを使用しているとの事でした。これは、誰も答えを出していない「今」の問題を考えることに意義があり、アンケートの集計結果から他人の意見も参考にして問題を客観的に捉えるという事を期待したものです。
 Aのグループに分かれて話し合う方法は、生徒個人個人がポストイットに自分の意見を書き込んで模造紙の上に並べながら問題の所在を明らかにしていくという生命倫理教育ネットワークの勉強会で採られている方法と同じものです。しかし、この方法はある程度まとまった時間を必要とするので、普通科の授業で実施するのは難しいのではないか、とのことでした。捨田利先生も、実際、この授業は理数科1年の生物選択者の中で「課題研究」という1単位の科目の中で行われたとのことでした。このコースは時間的制約から放課後や夏休みの時間も使わざるを得なかったとのことですが、大変興味深かったのは、生徒たちが実際に医療現場などに実際に行って話を聞くなどの活動が行われていることです。ただし、捨田利先生自身この活動については、「専門家に話を聞いて高校生に分かるのか?」、「高校生の枠を超えすぎてはいないか?」、「そこまで生徒に要求して良いのか。つまり、どこまで勉強させて聞きに行かせるのか?」等の疑問点をお持ちでした。
 捨田利先生の悩みの種は、先生が生物科(科学)の教師でいらっしゃるために何が「良い事」で何が「悪い事」という善悪の判断や、生徒に何々「すべき」とする様な教授法が取りにくいという事のようでした。授業はどうしても「こういう問題もある」し「また、こういう問題もある」という形式なならざるを得ません。しかし、先生がここで目指したものは、@何でも疑問なく受け入れてしまうのではなく、疑いの心を持って自分で物事を判断して貰いたい。また、A様々な他の生徒の意見を理解して、いろいろな人の立場を理解して客観的に物事を判断して貰いたい。この2点ではなかったでしょうか。
(報告者:日暮久敬)



二日目・午後
筑波大学臨床医学系 庄司先生の発表
筑波大学総合科目『臨床人間学』での実践例

 筑波大学の医学部の教員である庄司先生は、医学部の講義以外にも全学部の学生を対象とした総合科目という講義を担当されています。今回の合宿で庄司先生は、この講義についてお話をして下さいました。
 この総合科目の講義名は臨床人間学といい、全学部の生徒を対象に、年間を通じて毎週月曜に行われています。その目的は次に示すように4つに大別されます。(1)生老病死の四苦を通して人間について考える、(2)個々の価値観の違いに気づく、(3)個々の人生について考える、(4)生き甲斐(生きていく意義)の創造、生き甲斐について考える。この講義の特徴は、具体例(臨床例)を示し、その場で生じる問題について生徒自身が判断をするという点にあります。具体的には、場面提示として臨床例を提示し、その臨床例について10〜20人のグループに分かれてディスカッションを行った後、全体で各グループのディスカッション内容を報告しあい、全体でのディスカッションを行います。そして、教官の個人的な見解を示した後(正解は無いことも示す)、各生徒に感想文を書いてもらうというものです。なお、この講義は年間30コマありますが、一コマにつき一つのテーマが与えられます。これらのテーマは基本的には生老病死についてであります。例えば、老いの演習として、生徒は老いることのシュミレーションを行い、老いることについて考える機会を与えられます。また、病の演習として、生徒は胃ガンになりあと3ヶ月の寿命というシュミレーションを行い、今を生きることについて考える機会を与えられます。これらのシュミレーションを通じて、生徒が現在の自分が本当にしたいことをしているのかという点について考えることができればと庄司先生はおっしゃっていました。
 庄司先生の発表の後のディスカッションでは、様々なことについて議論が持ち上がりました。その中で主なものを以下に示します。
・このような教育は他の大学の医学部でも行われているのか?
 他の大学の医学部でもこのような教育は行われており、講義形式をはじめ、実際に病棟に勤務し患者とのコミュニケーションを深めたり、学生自身が患者として入院を体験する形式などが紹介されました。
・受験制度
 このような教育の評価として受験制度についての議論が持ち上がりました。その現状については、医師の国家試験では倫理問題に関する問題も含んでいるがペーパー試験のみしか実施されてはおらず、筑波大学の医学部の入試については、小論文や面接などが行われているが、実質は学力試験と変わらないという現状が報告されました。
・チーム・ティーチングについて
 教師絶対主義への批判からチーム・ティーチングついての議論が持ち上がりました。教師は絶対的な存在ではなく、互いに補い合うべきであり、その教授法としてはチーム・ティーチングが有効となるのではないかという議論がありました。
・代理母について
 これは性差の問題として議論に上がりました。この問題の背後には母親にならないと一人前の女性ではないといったような刷り込みがあるのではないかという意見が出されました。
・インフォームド・コンセントについて
 これは患者中心の自己決定は本当に正しいのかという疑問から発生した議論で、情報の提供の在り方についての議論がなされました。
(報告者:雨宮浩二)


-参加者からのコメント-

コメントシートから

■澤田先生、捨田利先生ともに授業で、生命倫理のテーマを高いレベルで実践されていることに感心しました。また、「生物」で生命倫理を取り上げる際の、社会かで取り上げる際とは別の難しさがよく分かりました。総合的学習の必要性を強く感じました。庄司先生の「臨床人間学」は、全学生、特に医学部の学生には不可欠な科目だと思いました。他大学、あるいは高校教育に於いても実施する必要があると思います。

■自己決定権というものは何に対してのものなのかという気がします。殺人や売春はして良いと思っているからするというものではないと思うので。「なぜしていけないのか」を問うことは答えのない問のように思えて仕方ありません。もし、答えがあったとして現実の歯止めとしての力になるのだろうかという気もします。生殖時術についていえば産まれてくる子に対してフェアでないという気持ちから自己決定といえないように思います。

■「生物」に於ける生命倫理教育自体を教科科目の専門性論理(科学主義)の視点を強調して排除するのか
人間の尊厳・生命の尊重という教育の目的のために、教科の専門性を前提にして越境していくのか(人間主義)
■これは教科観、教育観、教師観の相違である。総合的学習を教科との関係もBの教科観が前提になる必要がある。このネットワークに参加しているメンバーの立場でもある。

■生命倫理の分野は科学の進歩が大きく現場の教員としては対応が難しい面がありますが、この研究会のように一つ一つのことをそれぞれの立場で実践に基づいた研究がなされるということは大変に意味のあることではないかと思います。特に理科・生物の先生方の授業実践は大いに参考になります。今後ともこの様な実践的な研究を進めていただきたいと思います。

■権利・制度では論じられない問題をどう教えるか
        ↓
儒教、神道、武士道、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教その他の伝統思想を「前近代的、封建的、非民主的」なものとして排除するのではなく、もう一度再検討してみたい。

■いろいろな意見、考え方をはなす。個人的意見を個人的な意見ということを強調してはなす(結論、正解ではなく)

■澤田先生のレポート
・十年前から澤田先生の実践については耳にすることが多かったので、今回はじめて実際にお話を伺えたのは幸いだった。最近は生命倫理からは離れているとおっしゃっていたが、世界史や倫理の中で、機会を捉えて扱っていると思う。また、たゆまぬ情報収集と勉強を続けておられることが伺えて、忙しさにかまけてマンネリ化した授業を続けていることを反省することしきりだった。

■捨田利先生のレポート
・ネットワークの勉強会で行なわれた手法を、即、実行する行動力と、種々の関連施設にコンタクトをとられ生徒を引率するフットワークの軽さを特に感じた。関連施設と言う意味では東京は恵まれているのだが、そのことに甘えて、かえって二次情報にしかアクセスしない傾向があるのではないかと実感させられた。

■両者に共通した感想
・「誰にでもできるような実践の形態」「さまざまな制約の中でもできる形態」を追求すること
私自身は生命倫理の扱う問題を体系化して倫理教育の中で位置づけることを目指してきたが、これは、かなり「思い切った」やり方であることは否めず、誰もがどこでもできる形態ではない。生命倫理教育の普及のためには、上記のような形態を考えていくことが絶対不可欠だと思う。

■庄司先生のレポート
・御自身の授業のタイトルを臨床的人間学と名づけれおられるが、その目的は、おそらく、現在の教育、特に倫理教育がめざしていることと共通するのではないか。人の生命を預かる医者に人間的な深みが必要なことはもちろんだが、たいていの職業人にとっても、あるいは「一人前の人間」として成熟するためにも、必要なことだと思う。そのための疑似体験が「生と死に関わること」であるということ自体が、なぜ生命倫理教育が必要であるのか、ということを物語っているのではないか。
・学生一人一人が自ら疑似体験し、討論し、試行錯誤し、ある程度の緒論に自ら至ると言うことは、恐らく、現在の教育の中ではまれなことであり、それ自体が非常に貴重なことだと思う。前項の、「誰もがどこでもできる生命倫理教育」というコンセプトでいえば、年間のケースの中のひとつふたつ取り上げることも可能であり、また、生徒自身の主体性を尊重するという意味においても、参考にできることは多い。
ただ、生と死の問題を1年間かけて取り扱えるのならば、4分の1から3分の1位を、生と死の問題の体系的な整理と深化に費やしてもいいのではないかという気もする。もちろん、年間を通じて結果として体系化と深化ができるのかもしれないし、あるいは、それ自身を目的とした他の講義があって、それとペアになっているのかもしれない。

■生命倫理教育の評価について
これについては、「評価」の方法論についてもう少し勉強した上で、あらためて考えてみたい。

■議論について
・自戒を込めていえば、生命倫理教育の方法論についての議論と、生命倫理そのものについての議論が錯綜していたかな?という反省がある。もちろん、メンバー自体が勉強会に求めているものが違うので、錯綜は当然といえば当然なのだが。

■合宿全体について
直前までプログラムがはっきりせず、正直言って心配していたが、期待以上に得られるものは多かったと思う。先生方のご発表に得るものは大きかったが、ご発表とそれを受けての議論を振り返ってみて、自分自身の問題意識のなかに欠落している部分を発見したこと自体が恐らく一番の収穫だった。時間の制約が少ないと言うことのメリットは大きい。気が早いが、来年も実現できることを希望したい。
■第12回勉強会報告ー「遺伝子組換え食品と企業」についてー

<とき・ところ>
1998年11月21日午後3時〜6時20分
東京都立日本橋高校にて

<参加者>
社会科
井上兼生先生(埼玉県立大宮中央高等学校)
大谷いづみ先生(東京都立国分寺高等学校)
小泉博明先生(東京都麹町学園女子高校)
田中裕巳先生(名古屋大学教育学部附属高校)
三浦俊二先生(埼玉県立草加西高等学校)
山下亨先生(東京都立日本橋高校)

生物科
白石直樹先生(東京都立足立新田高校)
坪井先生
山田先生(東京都立日本橋高校)

林真子さん(聖路加看護大学)

林聡子(筑波大学第二学群生物学類)
雨宮浩二(筑波大学環境科学研究科)
小松宏充(筑波大学バイオシステム研究科)
鶴田一司(筑波大学教育研究科)
日暮久敬(筑波大学環境科学研究科)
メイサー、ダリル(筑波大学生物科学研究科)
岡武志(筑波大学教育研究科)


勉強会の流れ
オリエンテーション、アイスブレーキング
(15:00〜15:30)

 まず、今回の勉強会の趣旨を説明しました。今回の勉強会では、東京都立日本橋高校の山下先生に発表をしていただくこと、その後グループに分かれて話し合いをすること、などといった大まかな流れをお知らせしました。また、コメントシート(報告書に載せてみたい提案などを書く欄と、報告書には載せないけれども勉強会の間に気づいたこと、気になったことなどを書く欄からなるA4サイズの紙)を一人一枚ずつ配布しました。コメントシートは勉強会終了後、回収しました。
 その後、参加者全員で、2人1組となり、自己紹介をしました。この自己紹介では、一方が自己紹介をし、一方は聞き、時間を区切って行いました。もっとも、もうすでに初対面ではない場合が多かったため、その場合は、お互いに近況報告をしあいました。続いて、2組ずつの4人のグループを作り、パートナーを他の人たちに紹介する他己紹介をしました。このときできた4人のグループを、この勉強会で話し合いをするグループとしました。


山下先生の発表
遺伝子組換え食品と企業
(15:30〜16:45)

 山下先生は政治・経済の先生であり、基本的には授業では生命倫理は取り扱われてはいません。そこで、今回は授業の実践例報告という形ではなく、政治・経済から見た生命倫理についての問題について発表してもらいました。テーマは、「遺伝子組換え食品と企業」についてでした。
 まず最初に、主な遺伝子組換え食品についての説明がありました。これによれば遺伝子組換え食品の主な開発国はアメリカであり、その効用は除草剤耐性や害虫に対しての抵抗性を持たせるものでした。また日本国内においても、長持ちするトマトの「フレーバーセイバー」などといった遺伝子組換え植物が栽培実験中であることも述べられてました。
 次に、その遺伝子組換え食品の開発目的についての説明がなされました。これらの開発は主に農薬メーカーが行っていて、例えば、除草剤耐性を持たせたものは特定の除草剤に強い性格を持たせており、その特定の除草剤は自社製品の農薬であると述べられました。そして、農薬メーカーは遺伝子を組み換えた種子と除草剤をセットで販売するということを指摘されました。ここに企業としてのおかしさや遺伝子組換え、バイオ産業の矛盾点があると述べられました。
 次に、主要メーカーの動向について説明がなされました。まず、組換え関連技術の基本特許について、各社ともに企業買収などを通して特許獲得に走っていると述べられました。例えばカルジーン社は、日持ちトマト(フレーバー・セイバー)やアンチセンス法の基本特許を持っているそうです。また日本への販売戦略として、企業がアメリカやカナダの政府に働きかけ、日本政府に圧力を加えていたことを述べられました。それを受けて、厚生省が食品としての安全指針を、また農水省が飼料としての安全指針をそれぞれ作り上げたそうです。また1995年2月4日には、バイオテクノロジー応用食品等の安全評価に関する研究班が、「バイオテクノロジー応用食品等の安全評価に関する研究報告書」を提出しており、それによればモンサント社やアメリカ、カナダ政府の意向に沿う内容であり、OECDの「実質的同等」原則に基づくものとなっていると述べられました。この、「実質的同等」原則とは、同じ作物がある場合には、その作物と実質的に同じと考えられれば、安全評価は特に必要はないという理論だそうです。例えば遺伝子組み換えトマトも通常のトマトと実質的に同じと考えられれば、特別な安全評価は特に必要ないという考えであると説明されました。これに対して山下先生は、問題があるのではないかという発問を挙げられました。
 また、アメリカの特許権、知的所有権に関しての説明がなされました。それによれば、特許の保護対象が植物と場合によっては動物にまで及ぶことを述べられました。また、ヒトゲノム計画などで染色体上の特定の遺伝子の発見に対しても特許が及ぶことを指摘されました。これに対して日本などでは、植物・動物への特許は認められず、特定の遺伝子の発見に対しても特許の対象外であることを述べられました。これは、アメリカの企業や社会と異なる点であることを指摘されました。
 また、遺伝子組換え植物の持つ危険性について述べられました。これによれば、まだまだ未知の危険性が存在していることについて指摘されました。例えば、遺伝子組換え作物と野生ウイルスとが遺伝子組換えを起こしたことによって新種のウイルスが生まれたことを挙げていました。また、ブラジルナッツの遺伝子を組み込んだ大豆で、ブラジルナッツのアレルギーがある被験者が、アレルギーを起こしたことの例を挙げられました。
 最後に政経から見た問題点として、バイオ産業による遺伝子組換え作物の増大によって南北問題の助長がさらに進むのではないかということを指摘されました。これは、企業が開発した種子の独占によって発展途上国が常に種子を買い続けていかなければならなくなってしまうとを指摘されました。この遺伝子組み換え作物の開発による企業の利益追求に対して、ある規制を施していかなければならないのではないかということも述べられていました。


グループに分かれての話し合い
(16:45〜17:15)

アイスブレーキングのときにできた4人1組のグループに分かれ、話し合いをしました。話し合いのテーマとしては、「遺伝子組換え食品の問題点とは?」と設定しました。まず、ひとりひとりが、この点について山下先生の発表を踏まえながら、ポストイットに自分の考えを挙げ、それを書き込みました。そして、1グループに1枚ずつ用意された模造紙に、ポストイットを張り付けながら、それぞれの関連性を探り問題点を明らかにしていく、という形で話し合いを進めました。気づいたこと、話し合ったことは、随時、模造紙にマジックで書き込むようにしました。

全体でのわかちあい
(17:15〜17:55)

ポストイットを張り付け、意見を書き込んだ模造紙を囲みながら、各グループで話し合ったことを全員に紹介しました。出来上がった模造紙は、8頁〜11頁のようになりました。


まとめ、事務的な連絡
(17:55〜18:10)

 次回勉強会について、ネットワークレターのことについて、出版関係の話について等の話しがありました。



-参加者からのコメント-

コメントシートから

■遺伝子組換え食品とは、生徒へのアンケートでは、「大きなブドウが食べたい」など、とても明るいものだったが、この勉強会ではとても生臭いものだった。この何分の一かでも生徒に伝えられたらと思いました。

■ターミナルテクノロジー
企業は撤退したが、米政府は生物兵器としての研究を続けている、という話は大変参考になりました。

■表示といっても複雑な問題が絡むことがよくわかりました。

■毎度ながら、比較的限定したつもりのテーマであっても、非常に幅広い分野と関わるので、少々混乱しています。
第13回勉強会報告 ー修士論文でのアンケート結果の発表ー
<とき・ところ>
1999年2月20日午後3時30分〜6時15分
東京都立日本橋高校にて

<参加者>
社会科
井上兼生先生(埼玉県立大宮中央高等学校)
大谷いづみ先生(東京都立国分寺高等学校)
小泉博明先生(東京都麹町学園女子高校)
田中裕巳先生(名古屋大学教育学部附属高校)
山下亨先生(東京都立日本橋高校)

生物科
白石直樹先生(東京都立足立新田高校)

庄司進一先生(筑波大学臨床医学系)
松田あおいさん(NHKエンタープライズ21)

林聡子(筑波大学第二学群生物学類)
雨宮浩二(筑波大学環境科学研究科)
小松宏充(筑波大学バイオシステム研究科)
日暮久敬(筑波大学環境科学研究科)
メイサー、ダリル(筑波大学生物科学研究科)
岡武志(筑波大学教育研究科)




勉強会の流れ

オリエンテーション、アイスブレーキング
(15:30〜15:45)

 まず、今回の勉強会の趣旨を説明しました。今回の勉強会では、われわれ大学院生5人が修論においてネットワークの先生方にアンケートを取ってもらった結果やその内容について発表を行うこと、その後今後のネットワークについて話し合うこと、などといった大まかな流れをお知らせしました。
 その後、いつも行っているアイスブレーキングは行わずに発表に移りました。



アンケート結果についての発表
(15:45〜16:50)

 修士論文でのアンケート結果について、雨宮・小松・岡が発表しました。各自が発表を10分程度行いその後質疑応答に移りました。尚、各自の発表内容及びアンケートの結果につては別紙にまとめましたのでそれをご参照下さい。


休憩(16:50〜17:00)

今後のネットワークについての話し合い
(17:00〜18:00)

 私達の発表を終えた後で、休憩を挟んで今後のネットワークや勉強会のことについて話し合いました。ここではそれぞれの先生方にネットワークの今後についての案を出してもらい、それについて話し合いました。以下に話し合われた内容について示していきます。(尚、以下の勉強会の要約は大谷先生がまとめていただいたのを編集したものです。)

■今後の活動案
a.生命倫理教育の展開
b.生命倫理教育の実践勉強
c.生命倫理教育を実践する上で必要な知識(本を読んだだけでは得られないもの)
 ・専門家からのレクチャー
  最新の情報を知る、大学関係者などから話を聞く。
 ・専門施設(研究所、医療関係、福祉関係)へのフ ィールドワーク
 ・実践授業の見学
  実際に生命倫理を扱った授業を見に行く
これらは、ネットワークに参加する教員を増やし、活発にするためにも勉強会に取り入れていく必要がある。また、マンネリ化を防いでいくためにも必要。
d.成果の蓄積・刊行(経済・労力は会員で提供)
 ・これまでの勉強会配付資料をまとめて会員へ配布
 ・研究紀要の刊行、CD−ROM化
(CD−ROMでは高校現場では抵抗がある)
e.生命倫理教育を実践展開していく上で必要な理論構築
 ・海外の研究書の翻訳・勉強
 ・日本での実践や特殊状況を分析した上での理論化
f.どう教えることが「良い」ことなのかを、明らかにする必要がある。

■当面できること
a.生命倫理教育の実践報告
b.専門家からのレクチャーと討議
c.成果の蓄積と刊行
 ・研究室での保管とニューズレターの発行
 ・成果を元にした出版
d.夏休みの合宿
遠い会員の参加をうながす

■近い将来試みたいこと
a.専門施設でのフィールドワーク
研究施設や病院等の視察・見学
b.実践授業の見学
会員間で授業計画を知らせあう(ファックスやメールを利用)
c.成果の蓄積・刊行
 ・これまでの勉強会の資料をまとめて簡易製本し会員に配布
方法:1日日本橋高校か筑波大学に集まって実行する
輪転機・紙折り機・できれば簡易製本機[とじ太くんのようなもの]のあるところ
費用は?(更紙/上質紙代、簡易製本の費用)
 ・紀要の刊行
費用・労力・まとめ役など実現の可能性を探る

以上のような話し合いが行われました。勉強会にこれなかった先生からも様々な考えをお聞きしたいので、何かご意見・ご要望等ございましたら編集部の方までご連絡を下さい。



まとめ・事務連絡(18:00〜18:15)

 今回の勉強会にご参加いただいた、NHKエンタープライズ21の松田あおいさんから以下のアナウンスメントがございました。

 立春を過ぎたとはいえ、厳しい寒さが続いておりますが、ご健勝のこととお慶び申し上げます。いまNHKではインターネット・ドキュメンタリー『地球法廷・遺伝子操作』というスペシャル番組(衛星第1テレビ・今年8月放送予定)を制作しております。この番組は、人類の未来に関わる根本的な課題である遺伝子DNAをテーマに、このテーマの当事者、専門家、そして世界の市民が時間をかけて討論し、双方向で議論が積み上げられてゆくプロセスを紹介するドキュメンタリーです。
 NHKではそのための開かれた議論の場として、インターネット上に「地球法廷・遺伝子操作』ホームページを開設し、議論の前提となる主な論点と基本的な情報を提供するとともに、日本語の意見は英語に英語の意見は日本語に翻訳して、地球規模の同時進行的な対話の実現をめざしております。
私どもはいま次の4つの論点から討論を始めたいと考えております。
(1)人の遺伝子は資源か?
(2)遺伝子診断は何のだめ?
(3)遺伝子治療をどこまで認めるのか?
(4)生命は遺伝子で決まるのか?
私たちは、皆様方のご意見が、この討論を成功させる大きな力になると確信しております。ご参加を心から為待ちしております。
●『地球法廷』のホームぺージアドレスは以下の通りです。
http://www.nhk.or.jp/forum/life/dna/index.htm
●郵便もしくはFAXでのご送付も受け付けております。
〒150−O047渋谷区神山4−14NHKエンタープライズ21「地球法廷」係
FAX:03−3468−8423TEL:03−3481−0141/0142
以上、何卒ご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。

NHKエンタープライズ21
ディレクター:五十嵐今平(きょうへい)・松田あおい・吉沢健一
プロデューサー:河邑厚徳 デスク:佐藤謙治

教材発掘
みなさんに紹介したいものを見つけたときには、ぜひこのコーナーにお知らせください。

AERA Mook(朝日新聞社)

●「新環境学がわかる。」●
環境問題に関わりのある学問や研究分野は広大な広がりを持っています。この本は環境問題に関わりのある学問を勉強し始めようというビギナー向けに編集されたもので、既刊の「環境学がわかる。」の続編です。様々な分野のエキスパートによるエッセイや話題のトピック、お薦めの本などについて書かれています。この本で環境学について概観が分かると判断するのは危険ですが、多くの新しい発見があるのではないでしょうか。

加藤尚武[編](有斐閣アルマ)
●「環境と倫理〜自然と人間の共生を求めて〜」●
この本は16名の著者が、環境倫理学の具体的な問題についてまとめた論文集のようなものである。例えば、「世代間倫理」の問題について、私達はどれ位先の世代まで考慮する必要があるのだろうか、といった問題について突っ込んだ議論がなされている。欧米ではこの様なタイプの本がすでに出されているが、おそらく日本では初めてでは無かろうか。

梶田正巳(ちくま新書)
●「勉強力をつける〜認識心理学からの発想」●
著者は名古屋大学教育学部の教授であり、自身の専攻である認識心理学、教育心理学の知見から、現代社会を生きる上で応用力の高いたくましい知識とは如何なるものか、ということを論じている。残念ながらこの本はハウツーものではないが、筆者が示す、「優れた認識とはネットワーク型の知識である」という論理は「総合学習」に於ける留意点を示している。
(報告者:日暮久敬)
■第14回勉強会のお知らせ

学校における生命倫理教育ネットワーク
第14回勉強会のお知らせ

<とき・ところ>
5月1日(土)15:00〜18:00
東京都立日本橋高校にて

<発表者>
東京大学医科学研究所 附属病院長 浅野茂隆先生
 埼玉県立大宮中央高等学校 井上兼生先生

<当日のスケジュール>
15:00〜15:30
オリエンテーション、アイスブレーキング
15:30〜17:00
東京大学医科学研究所 附属病院長 浅野茂隆先生
「遺伝子治療について」
埼玉県立大宮中央高等学校 井上兼生先生
「遺伝子を扱った授業の実践例報告」
17:00〜17:30
グループに分かれての討論
17:30〜18:00
全体でのわかちあい、まとめ


学校における生命倫理教育ネットワーク

第15回勉強会のお知らせ
<とき・ところ>
6 月5 日(土)15:00〜18:00
東京都立日本橋高校にて

<発表者> 東京都立足立新田高等学校 白石 直樹 先生
<特別参加者> ウイスコンシン大学マデイソン校 浅田 由紀子   
<内容> 「ウニとカエルの、のう胚観察」実験の紹介とビデオ(「遺伝子診断(NHK)」「生 命の物語(BS)」「誕生(万物創世紀)」)
当日配付物が用意されます。また、6月5日のミーティングの内容はこの日(5月1日)にきめたいと思います。浅田由紀子さんがアメリカから一時帰国しているので、参加するとの事です。お会いできるのを楽しみにしています。



ニュースレター第7号への掲載希望記事の締切:10月14日
書式自由、字数制限特になし(4000字を越える場合は、事前にご相談ください)
できれば、電子メール Email < asianbioethics@yahoo.co.nz >.
あるいはフロッピーデイスク(マッキントッシュ/720 KB/1440 KB)でお送りください。
どんなに短くても、どんなテーマでも構いません。
皆さんのご発言を心待ちにしています!
生命倫理に関する教育研究グループ
ダリル メイサー(責任者、筑波大学 助教授) 
〒305 茨城県つくば市 筑波大学 生物科学系
FAX: 0298-53-6614 / TEL: 0298-53-4662
Email < asianbioethics@yahoo.co.nz >.
学校における生命倫理教育ネットワーク
オーストラリア,日本,ニュージーランドの高校における生命倫理(日本語版)
Teaching materials in English/生命倫理教育の補助教材(日本語版)
To Eubios Ethics Institute Bioethics Resources